月別アーカイブ / 2018年02月


 他人事だと思って威張って言うな

 と叱られそうだ

 確かにそうだな

 20両30両の挫折は数多くやってきたよ

 千両はないな

 それでも やはり

 それなりの価値はあるんだ

 だから

 厚かましくも言わせてもらってる

 ITブームのとき

 まだ年若かった連中が

 われもわれもと起業した

 業界が右肩上がりのときは

 成功したやつの真似をしてりゃ

 よほど放漫にやらなきゃ

 それなりにうまくいくもんだ

 でも

 一度右肩下がりになりゃ

 バッタバッタ倒れる

 倒れて当たり前なんだが

 すべてを失ったうちの

 ごくごく一握りが立ち直るんだよ

 すべてを失ってね

 その分を

 貴重な教えとして吸収した人が

 不死鳥のように立ち上がる

 ゼロからね

 モノを失っただけで

 カタチがない

 それ以上に貴いものを吸収したからなんだ

 それが挫折1回千両ということだよ

 ブームのものを乗り遅れるなとばかりに

 起業するのはいいよ

 挫折が当たり前の状況のときに

 失ってそのまま終わりか

 失う代わりに吸収したもので

 ゼロから立ち直るか

 本物の岐路はここなんだよ




 記憶の領域に追いやってしまえば簡単だ

 現実はそれもならず

 現代人である我々は

 種々雑多なものを頭に詰め込み

 必要に迫られて抜き出している

 でも

 何か悩みがあったとしよう

 必要があって昨日やりかけた

 何かのデータの入力を始めたとしよう

 頭に入っている基礎データを次々に取り出し

 入力を始めたものの

 頭の中の悩みに気を散らされて

 集中力を発揮できない

 そういうことがよくあるのではないだろうか


 対策は悩みを抜くことである

 解決もできていないのに

 抜くことができるもんか

 とお思いかもしれない、

 だが

 ちょっとした訓練次第でそれができる


 僕は小説エッセイも書けば

 絵本のお話も作るし

 その絵を描くこともある

 講演や

 読み聞かせイベントも行う
 
 たまに

 テレビラジオ等にも出演する


 執筆だけに限っても単純にはいかない

 小説の長編に取りかかったとしよう

 しばらく書いて定期刊行物のエッセイの〆切りがくれば

 長編を中断してそれに取りかからなければならない

 まったく分野もテーマも違うものを書くことになるが

 中断した長編小説の登場人物や

 場面が気になってエッセイに集中できない

 でも

 ある方法を訓練して一切そういうことはなくなったのである

 頭の中に取りかかった長編小説の引き出しを作り

 エッセイの〆切りがきたら

 長編小説の引き出しを頭から抜いて

 机の隅にでも置く

 物体ではないから置く場所は

 いくらでも作れる

 つまり

 一時的に失念するのである

 意識的に期間限定の

 部分的記憶喪失症に自分をおとしめるのだ

 〆切りのエッセイを書き終えれば

 引き出しを頭の中に戻せば

 とたんに

 登場人物は動き出し

 場面は展開する道理である


 この訓練は大変だろう

 と思われるかもしれないが

 皆さんはこれと同じことを

 特に意識することなく

 日常的にやっている


 悩みが 気がかりなことが

 念頭から離れないで気鬱なとき

 何かに気を紛らせようと

 何か好きなことや

 手慣れたことを始めないだろうか

 それにいつの間にか熱中して

 悩みも

 気がかりなことも忘れている

 でも 終われば

 悩みも

 気がかりなこともちゃんと念頭に戻っている

 これである


 無意識のうちに引き出しに詰めた

 悩みや 気がかりなことを

 頭から抜いていたのである


 悩みはそのうち解決できるから

 無用なときは抜いておいて

 いっこうに差し支えがない

 気がかりなことは

 大体気がついたときには

 雲散霧消している


 頭の中に引き出しをいくつも持ち

 必要に応じて頭から出し

 また戻そう

 これに習熟すると

 俗世間での一切のしがらみを断ち

 いっとき 宇宙的感性の自分になれる

 最高のリラクゼーションを経験できる

 僕も本来単細胞だ

 1つの個性に引き出しをたくさん作ることで

 自分を修正している

 





































  

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 某日

 某駅前広場で

 市商工会議所主催の

 ファッションショーが

 まさに始まろうとしています

 司会の女性がいろいろ説明しています

 どうもプロのファッションモデルが

 登場するような気配です

 こういう催しでは

 プロと言っても

 一般的には無名の人かもしれません

 でも

 しゃなりしゃなりと

 かっこいいでしょ私

 という意識でステージを歩くんでしょうね

 それが想像できたので

 すぐにこの場を離れました

 
 人生は細長いステージです

そのステージをさらし者にになって歩く

 その意識が欲しいのです

 みんなに見られて

 さらし者になっていることが解れば

 恥じらいの中に

 飾らぬ人間性が滲みます

 それが出れば

 見る人に感動を与えるんですね

 なんの世界でも

 さらし者になることで

 その人の真骨頂が表れます

 人生で大変大事なことの1つです

 

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