月別アーカイブ / 2017年09月


 なぜ殺意を抱いたのかは

 関係ないよ

 いったん帰宅して

 どうにも収まりがつかなくて

 やってやるって飛び出したというんだ

 交通事故の現場に遭遇して

 救急車なんかがきて

 小さな戦場みたいになって

 見ているうちに

 殺意が萎えたというんだよ

 でも

 あいつに対する悔しさと

 憎しみが消えたわけじゃない

 あえて あいつに背を向けて

 まっすぐ見たら何もない

 街はあったよ

 やってやろうというものは

 見えなかった

 それで

 ならば何も見えないほうで

 あいつをやるんじゃなくて

 自分の力を出して

 やってやろうと

 あいつの鼻を明かすために


 それから20年

 80人の従業員を抱えて

 頑張っている

 あいつはどこで何をしてるか

 あのとき

 交通事故を目撃しなかったら

 殺人犯だったかなあ。


 そういう人もいるんだよ

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 駅まで歩いて6、7分の道を

 いつも駆けている若い女性を見て

 あと10分早く起きれば

 すむことなのにと思う

 でも

 10分早く起きても

 うちを出るのはギリギリで

 やはり 駆けている

 10分早く起きた分は

 何に消費したのか

 別に-

 と若い女性が首を振る姿が浮かぶ

 いつもの通りに支度しただけで

 時間がその分

 ゆったり過ぎたのだろう

 ある朝

 必死の形相で

 全力疾走して駅へ駆けていった

 寝坊したのではないだろう

 いつもの時間に起きて

 いつものように支度したのに

 相対的に少し手間どったのだろう

 2分手間どれば

 タイムレコーダーは

 赤字で数字を刻むに違いない

 必死に駆けなければならない

 走れメロス!

 と声をかけたくなった

 電車が遅れても

 遅延証明書がものを言って

 遅刻することはまずないはずだ

 9::02  と赤字で刻まれても

 3分の遅延証明書があれば

 8:59  出社だから


 ある朝

 その彼女が1時間遅れで

 駅へ駆けていった

 駆けても無駄だよなあ

 と僕は仕事場の窓から

 見下ろして笑う

 けれども

 彼女は連日

 その時間に駆けて窓の下を通る

 そうか

 転職先が10時始まりなんだ

 と納得する

 彼女は時間に間に合えさえすればいい

と考えているのだろう

 仕事もやれさえすればいい


 人生も送りさえすればいい

 ゴールに間に合えさえすればいい

 駆けなくても人生のゴールには

 間違いなく辿り着く

 
 間に合えさえすればいい

 という考え方は大変甘い

 成長しようという気持ちが

 欠落している

 駆けても何も残らない


 

 

 


子  父さん でっかいのが立ったよ

父  弁慶だよ

 子  本物の弁慶だったら怖いよ
      畑にいたら飛んで逃げる

 父  どのカカシも派手できれいになったなあ
      昔は薄汚かったんだよ

 子  でも そんなカカシを昔のカラスは
       怖がっていたの?

 父  うーん 怖かったのかな

 子  なぜ? 生きてるって思ってたの?

 父  カカシはカカシさ
      でも 昔のカラスの間では
      薄汚いカカシには 悪霊が憑いてる
      と信じられていたんだ
      だから 昔のカラスは近づかなかった

 子  弁慶から人が離れたよ
       僕 弁慶の頭に止まってくる

 父のそばから弁慶のカカシへ
 飛んでいった子は
 父のほうを向いて
 その頭に止まると

 カアカア

 と笑いました
 父もカアカアと応えました

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