月別アーカイブ / 2016年09月


 がむしゃらに生きる人は

 見ていて爽快に映ることがある

 でも それはいっときだ

 中学高校の部活なら

 伸び盛りと重なって

 がむしゃらが結果を出すだろう

 でも 社会に出たら別だ

 がむしゃらは

 独りよがりの生き方になる

 独善的な行動を生む

 空回りが多いだろう

 人の信頼を得られないだろう

 がむしゃらにやってきて

 思うようにいってない

 と焦って

 なおがむしゃらにいってしまう

 そんなきみに愛唱してほしい


 腹立てず

 心は丸く

 気は長く

 己小さく 

 人大きく


 腹は立ててもいいことはない

 自分も周りも傷つける


 心はその字のように

 丸みを持っているのがいちばん

 トゲトゲしてたら自分も周りも痛い


 気は長く 

 は焦らず着実に歩んでいこう

 ということ


 己小さくは

 自分は謙虚にしていればいい


 人大きくは

 他人を立てておけば

 すべてうまくいくよ

 という教え


 がむしゃらな生き方の対極にある

 この言葉は達磨大師の作とされている


 がむしゃらな人でなくても

 愛唱していれば

 自然にそういう生き方に変わりそうだ

 

 

 暗いねえ

 笑っても心は笑ってないじゃないか

 憎しみを抱いているからだよ

 何のために誰を憎んでいるのか

 は知らない

 そんなことはどうでもいい

  誰かを呪うように

 憎んでいるようだけど

 その人は元気でピンピンしてるだろう

 憎まれてもそういう人は

 平気で世の中を渡っていく

 貴方が自分の心をえぐっているナイフは

 氷の刃なんだよ

 憎んだ相手に向けても

 すぐ溶ける

 憎しみで凝り固まっている

 貴方の心の中では

 溶けずに

 貴方の根幹を刺しまくる

 その憎しみで

 貴方はどれだけ負のエネルギーを

 消費し続けたろう


 今すぐ憎しみを断て

 実りあるエネルギーにするために

 相手ではなく

 憎み続ける自分を許し

 そうすることで目を覚まし

 憎しみを断て


 何でグチャグチャなんだろ?

 そんな野暮なことは聞かない

 グチャグチャになった

 というその事実が問題なんだから

 心はいつも冷静でいられる

 わけじゃないから

 仏の顔だって3度だろ

 人なんだから仏サンよりも

 短気だろ

 喜怒哀楽は心の呼吸なんだよ

 喜んで怒って哀しんで楽しんで

 生きてるんだって

 グチャグチャは

 怒って哀しんで

 収拾がつかないってことかな

 心に時間を与えようよ

 何でどうしてって

 心を責めちゃ心はたまんない

 もつれにもつれたところを

 心は糸口を探せば

 着実にもつれをほぐしていける

 急かしちゃ

 余計グチャグチャさせちゃうんだよ

 自分の心を見守る

 あるいは寄り添う

 これが大事なんだよ

 信頼してるよ

 ってそっと声をかけてやろうよ


 

 















 たった1羽のオリヅルだけど

 折って黙って僕に渡してくれた

 熊本被災地の小3の男の子

きみの 万感の思いがこもってるんだ

 読み聞かせをやって

 ノートのページをちぎって

大勢並んだ

きみは並びながら折っていた

サインをしたら

黙って渡してくれた

みんなが大人になる頃は

海外で仕事をする人も多くなるだろう

子供のときの体験を

その国の子供たちに伝えてね

と言ったら

きみは誰よりも深くうなづいてくれた

ありがとう

このオリヅルには

きみの希望と決意がこもっている

大事にすっからね


 驚いたのなんのって

 散らかり放題なんだよ

 きっちんの床には

 空のカップラーメンが

 山をなしていてね

 カサコソ音がして

 何かと思ったら

 大きいゴキブリが這い出てきた

 あんまり人を恐れないんだよ

 飼ってんだと思った

 散らかっているものを足で寄せて

 折り畳みのテーブルを出してきて

 缶ビールを ほら と渡してくれた

 半分も飲まないうちに

  部屋を出たよ

 落ち着かなかったから

 50年も前の話だけど

 自分の部屋の荒廃は

 心の荒廃を表している

 って解ったよ

 田舎へ帰って親のあとを継いで

 贅沢してるって聞いた


 でも それから30年

 ゴミ屋敷と化した自宅で

 独居してるって

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