あの9.11事件のことだよ。
オサマ・ビンラディンが起こした
壮大にして凶悪極まるテロには度肝を抜かれたっけ。
日本時間では夜の9時過ぎだったかな。
繰り返し繰り返し超高層ビルに突っ込む旅客機の動画を見せられて、
ヤバいことになったぞ、
というつぶやきが僕の口から何度飛び出したことか。
この場合のヤバいは、
これから世界はどう変わるんだ、
何があってもおかしくないぞ、
という意味で使ったんだろうな。
みんな、半ば放心してテレビの
その瞬間のニュースに見入っていた。
翌日、僕は東北某県のY市での講演予定が入っていた。
主催者の人から(明日の講演はどうなるか分かりませんが、
一応予定通りいらして下さい、
との連絡が入った。
予定通りに行ってみると、
問い合わせの電話と、キャンセルの電話がひっきりなしだとのこと。
それから30分後に、急遽中止が決まった。
それはともかく、
世界中が 1時放心状態に陥ったようだった。
アメリカをターゲットにした同時多発テロは、
それだけの衝撃を与えた。
テロとの戦争、
という言葉があっという間に地球上を覆い尽くした。、
アルカイダのしゅりょうウサマビンラディンは、
お尋ね者になった。 
2008年の春、
僕は専修大学の創設の経緯を小説にするために、
編集プロダクションや、専修大学の人などと一緒にアメリカへ取材旅行へ行った。 
10日間余りの取材期間のほとんどは、ニューヨークで消化した。
取材目的とは関係なかったが、
9.11 テロの全犠牲者の写真と、
簡単な履歴が展示されているニューヨーク市の施設を訪れた。
展示場は僕ら以外には1人2人しか入場者がいなかった。
でも、その展示の状況におびただしい数の無言の圧力を感じ、胸を締め付けられているような気持ちに襲われた。
それぞれの犠牲者がいわれなきことで命を奪われる瞬間の悲鳴や、うめき声が無言なのに、
僕には聞こえた。
やばいぞこれは。
日本人の犠牲者のところまで行けずに、
僕は展示場からそっと外へ出た。
このときのヤバさは、
圧倒的にひつうwすぎて、
その悲痛の容量を受け入れるだけの心の大きさがなかった。
その状態がヤバかったのだ。
これは外でただひたすら全犠牲者の冥福を祈るしかないぞ、ということになった。
 2011年の5月、
パキスタンとアフガニスタンの国境地帯の隠れ家で、
ビンラディンは米特殊部隊の急襲を受けて
頭部にピストルを突きつけられて射殺された。
その後、インド洋の深海に重りをつけて、その亡骸は沈められた。
ところでびっくりしたのは、
オバマ大統領以下のホワイトハウスの高官たちが射殺されるまでの光景を実況中継で見ていたことである。
いくらなんでも、ヤベんじゃないの、
と僕はつぶやきを漏らした。
同時多発テロで犠牲者の数もおびただしく、
これだけの作戦を敢行しなければならなかった背景をつぶさに知りたい。
それもビンラディンの肉声で聞きたい。
それには裁判にかける以外にないじゃないか。
これでは超大国アメリカが国家で仕組んだ復讐劇、リンチではないか。
アメリカらしからぬことをする。
テロは卑劣で凶暴な極悪犯罪である。
だからこそ、裁判にかけて欲しかった。
世界の満天下に真相を明らかにして欲しかった。自由の旗手アメリカがこれでは、
これからの世界は悪い方へどんどん変わっていくんじゃないか。
こいつはヤバすぎる、
という意味での違和感だった。
ビンラディンなき後のアルカイダの総帥、アイマン・ザワヒリが無人機によるミサイル攻撃で死亡した。
ごく最近に起きたこの事件に対して、
僕はいかなる意味でのヤバいも発することがなかった。
今これを書いてる最中に、ヤバいだろうで、
と独り言を言った。
こういう僕がヤバいんじゃないか、
ということである。
僕は鈍感になっている。
当たり前ではないことに、ごく素直に、
その事件を報じるテレビ画面に見入っているだけだった。
これこそヤバいぜ、ヤベェって。