◯◯◯◯としか書けない。
それだけに、当人にとってはどんなに嫌なあだ名だったろう。
その頃は、戦後日本が最も貧しい時代で、
みんな身なりをはじめ何もかもが粗末だった。
彼女は特に粗末で、髪の毛は洗わなかったのか、洗ってもらわなかったのかはともかくとして、いつもモジャモジャと盛り上がり、とてもフケが多かった。
1度、席替えで彼女の斜め後ろの席になったことがある。ある時、彼女の髪の毛の間から何かが出てきた。シラミだった。
昭和20年代も前半のことだったから、シラミは特に珍しいものではなかった。
あれ、と思って見ていると、そいつはまた髪の毛の奥に潜っていった。
天空を仰いだつもりだったのか。
彼女のあだ名の由来は、やはり顔立ちだったろう。
普通の小学生の女の子とはかけ離れた表情で、
眼光が鋭くでこぼこした顔立ちだった。
それに常に顔のあちこちが皮膚病に侵されていた。
彼女は休むことも多かった。今で言えば、不登校の走りだった。
1学年1教室だった分校を離れて本校を通うようになり、
彼女とは顔を合わせることがなくなった。
僕は時々彼女のことを思い出した。
確かに◯◯◯◯がふさわしい風貌だったが、
僕には癖の強い、言い換えれば個性に溢れた表情だったように思えたからである。
大学に通っていた頃、電車内で、たあちゃん、と小学時代の愛称で呼ばれた。
その声がした方を見たが、顔見知りはいなかった。
ドアに近い座席にかけていた年若い女性が僕を見て笑っていた。
彫りの深い顔立ちで、黒い瞳が生気に溢れて輝いていた。
髪の毛はロングのストレートヘアーだった。
「あー、分校時代の▽▽さんか」
僕は◯◯◯◯を姓で言った。
彼女はうれしそうにうなずいた。彼女の前へ行ってつり革に手をかけ彼女が下車する駅まで話をした。彼女は高校を卒業後、銀行に就職した。英会話教室にも行っていて、支店の職場では外国人が訪れると通訳代わりに呼ばれることもあるという。
彼女とはそれっきりになったが、数年経って数人の分校仲間と会ったときに、
1人が彼女の近況を話して、
「良い結婚をして、もう子供がいるのよ」
と、羨ましそうな顔をした。
人は変貌する。
でも、〇〇〇〇の変貌はとても劇的で素晴らしいものだった。