小学校時代の夏休みの絵日記をとっておけばよかったなぁ。
気温の欄が必ずあった。
毎日つけていれば問題なかったが、
夏休みも残り少なくなった頃に、
慌てて日記をつけだすのが常だった。
さて、10日前以上の天候がどうだったか、
記憶の良い年頃とは言え、断定できるほどに正確には覚えていない。
そこでどうしたか。
当時の我が家から約2キロ位のところに,三鷹天文台があった。
そこを訪れ、、夏休みの天候を教えてください、と頭を下げると、
応対してくれたおじさんは、
「なるほどなるほど、日記を書き溜めたんだね」
と、優しそうに笑って応じてくれた。
晴れのち曇りとか、午後3時から1時間10分ほど夕立だったとか、そつなく教えてくれた。
僕と同じような考えで、同天文台を訪れた地域の子供が、
一定数いたということだろう。
ところで、気温はもちろんその日の最高気温を記入するわけだが、
夏休みを通しても東京都下のこの地域は、
最高気温が30度を超える日は数回だけだったような記憶がある。
その数回だったにしろ、30度を超えた日は猛暑と言われたし、
今の熱中症、当時は日射病といったが、
日射病には充分注意したように思う。
夏休みに入る前に、夏休みの心得として炎天下では麦わら帽子をかぶるよう指導された。
それでも、近所で日射病にかかる子供は必ず1人2人いたものである。
当時、我が家も含めて国鉄感謝の家家では犬や、猫を普通に飼っていた。
我が家も犬を飼っていたが、何年かは猫もいて犬、猫の夏の過ごし方に教えられることが多かった。
犬は日陰でハァハァ舌を出して荒く呼吸していたが、
それは体温調節にとって良い方法で、
僕は庭の木陰で犬の真似をしてハァハァと荒々しく呼吸した。
喉が乾いても我が家の犬は大量に飲まなかった。
ただ、回数多く、1階に飲む量は少しだった。
ところで、昼寝の達人の猫は晴天の日には風通しの良い日陰を求めて5回も6回も昼寝の場所を変えた。僕も猫を真似て昼寝の時間は我が家で1番涼しいところを見つけて寝たものである。
今で言えばキッチンだが、板床の台所は風が吹き抜けるよう窓を開けてあって、
昼寝には最適だった。
座布団を3枚並べ頭の下に枕を置いて昼寝をすると、
決まって、
「今何時だと思ってんの?
いつまで昼寝をするの」
と、母に起こされたものである。とっくに夕食の支度にかかる時間だった。
当時を振り返るだけでも、
今の40度近い猛暑がいかに春夏秋冬を味わうように過ごしてきた
日本人にとって危険な暑さであるかがわかる。
毛皮を着ているペットたちにとってはもっときついに違いない。
犬を飼っている知人が熱中症のようになったので愛犬を動物クリニックへ緊急搬送した、
とメールで教えてくれた。
極寒も困るが、日本人にとっては猛暑のほうがもっとこたえる。
猛暑対策はそれぞれの人の個性もあってバラエティーに富んだものになるが、
どんどんバラエティーに富んでいいから猛獣のような超酷暑を乗り切りたいものである。