29歳で新人賞に初応募して 作家志望が固まった。

36歳で受賞するまで7年かかった。

でも、

その数年前にはフリーライターとして妻子を抱えても、

どうにか自活はできるようになった。

取材で深夜までかかることも多かったが、

この稼業は同業者や、

媒体の編集者との夜のつきあいも多かった。

朝帰りもしばしばだった。

そんな生活が新人賞の受賞後も続いた。


その4年後の春、朝帰りになって門を開けて庭へ入ったら、

父が寝巻き姿で棚に並べた鉢植えに向かい、

ジョウロで水をかけていた。

その後ろ姿に僕は胸を突かれた。


父は前年の晩秋に入院した病院で、

余命3ヶ月と告げられた。

告げられたのは僕で、

その頃は本人には告知しないのが普通だった。

直腸がんが肝臓、肺に転移してのことで、

人工肛門手術を受けて退院した。

その後は意外に元気で、

3ヶ月を過ぎても所用などで外出していた。

それはただの小康状態に過ぎなかった。

そのことを僕は、

ガリガリにやせこけた寝巻きの後ろ姿で悟ったのだ。

父はゆっくり振り返った。

「やりたいことはやっておけよ」

とだけ言ってまた鉢植えの棚に向かい、

また水をかけだした。

この2、3日後、

ひと月ぐらい前に出した単行本の「黄色い牙」が

直木賞の候補になった。

そして、7月に受賞した。

病床で父は少しずつ「黄色い牙」を読んでいた。

初秋、父は静かに81歳の寿命を終えた。

「やりたいことはやっておけよ」

この言葉を父はどういう思いを込めて言ったのか。

いくつかの答えを考えてみたが、

いまだにこれだ、

と言えるものがない。

そうか、僕への命題として言ったのか。

そう思うことにして答えは強いて出さないことに

した。

やりたいことはやっておけよ。

父にいつもそう言われているような気がする。

それでいいではないか。