引越し先の中学に入学して、
すぐにいじめられた。
その経緯は前に書いたけど、
小学5年になってまもなく、
ヤバいいじめにあった。
4年までの分校で学び、
5年から本校へ通った。
同じ国鉄官舎に住む同じ学年のHと、
行き帰りは一緒のことが多かった。
Hは普通の体つきなのに俊敏で、
喧嘩がとても強かった。
分校から上がってきた連中は、
もともと本校の者から
1,2段下に見られた。
ひと月も経たないうちに、
本校生え抜きの同学年の喧嘩王と、
Hは広い校庭を舞台に、
語り草になる大喧嘩を繰り広げた。
そして、勝った。

それは余談で、
電車で一駅乗っての通学だったが、
駅までの道程に雑木林の中の小道を通った。
下校はHと別々になることもよくあった。
そのときに、
雑木林の小道に決まって出た。
幽霊ではないよ。
途中、
雑木林を背にしてバラックが1軒立っており、
その家に僕より2、3つ上の子どもがいた。
今で言う不登校の男子で、
当時は長期欠席生徒、
略して長欠生徒(小学生は長欠児)
と呼ばれた。
僕が1人で小道を通りかかると、
先回りして少し先の小道に現れた。
小突き回すんだよな、
わけのわからない言葉を吐いて、
唾も吐きかけて。
憎しみの対象になっている、
ということは理解できた。
謂れのない憎しみだけどね。
逃げると、
追ってきて追い越して止まると、
振り返ってニタっと笑った。
「お前んちの中まで追っかけるぞ」
人が歩いてくると、
すぐにやめた。
そんなことがもう1回あって、
遠回りになるが、
広い道を通って帰った。
そいつは現れなかった。
ホッとして、
その次に広い道を通ると、
網を張っていたんだな。
右手の麦畑から飛び出した。
すぐに麦畑に引きずいこまれて、
さんざん小突かれたり蹴飛ばされた。
「この道を今度通ったら、
 目を潰すぞ」

その脅しで、
僕の気持ちは追い詰められた。
親に打ち明けようか、
それとも、
Hに話そうか、
と考えないでもなかった。
でも、
誰にもHにも打ち明けなかった。
親に打ち明けると、
大事になるし厄介だと思った。
Hに話すのは意地が邪魔をした。
大人風に言えば、
沽券に関わるということだったろう。
その僕が選択したのは、
箪笥の引き出しに父がしまっていた
短刀を持ち出すことだった。
鉄ヤスリを刃に研いで、
柄をつけ鞘に収めてあった。
もとは鉄ヤスリだと知ったのは、
後年のことで、
そのときに父が本土決戦に備えての手製だ、
ということも知った。
鉄道職員だった父は、
大本営の掛け声の本土決戦を信じ、
1億玉砕を真に受けていたのかもしれない。
戦後は無用のものになったので、
箪笥の引き出しの底に隠した。
それを僕が見つけ出し、
たまにこっそり鞘を抜いて見入った。
その短刀をランドセルに入れたのは、
あいつの出方次第では、
短刀を出すつもりだったのだ。
幼子のときはともかく、
声を上げて泣かない子供として、
僕は知られていた。
出してどうするのか。
そこまでは考えていなかった。
成り行き任せだったのだろう。
腹を据えてケツをまくってやる、
といった覚悟ではなかったか。

数日後、
その機会がきた.
例の小道に入ると、
当然のようにやつが現れた。
僕はやつをにらみつけながら、
背中のランドセルを胸にかけた。
いつでも短刀をとり出せるようにだった。
「何だよ、どうかしたのかよ?」
その声は上ずっていた。
僕はにらみ続けた。
飛びかかってきたら、
躊躇なく短刀を取り出し刺すつもりで。
やつは、
数歩下がってから雑木林に姿を消した。
その後、
その小道にやつが姿を見せることはなくなった。

大人になってから今までの間に、
まさか短刀を持ち出したことはないが、
2度、ケツをまくったことがある。
いつか、
このブログに書くと思う。

ということで、
けつをまくるときはまくれよな。
男だろ。
女だろ。
人間だろ。
限度があるんだ 人間にゃな。
ここで黙っていたら舐められる。
そんなときゃ開き直れ。
ケツをまくるんだよ。
人間だろ。
忍耐ってのはね、
舐められない状況だったらいいんだ。
でも ここで黙ってたら、
おしまいだってことがある。
そのときゃ、
ケツをまくれ。
本気で怒れ。
あいつは下手するとヤバイ。
それを植えつけろ。
 怖れさせて信頼させる。
手応えある人生になるぞ。