子供の頃、

大船観音を見た。

大きな観音様だと思った。

群馬県の高崎観音も見た。

これはでっかいなと思った。

鎌倉の大仏のような歴史はないんだよ、

と父が横から言った。

見上げていて首が痛くなった記憶がある。

今、高さをチェックしたら、

41・8メートルだった。

でも、

大船観音も高崎観音も未だ健在で、

歴史的な存在になった。


高度経済成長も頂上を極めるころ、

まるでそれを象徴するかのように、

全国各地で巨大観音の建立ブームが起きた。 

その走りは釜石大観音だったと思う。

1970年に完成した。

小高い丘陵地に立ち、

釜石の守り神のように海の彼方を見つめている。

僕は遠望も含めて3回見ている。

3回目に見たのは、

3・11の年の5月、

慰問で訪れたときだった。

釜石の街は見るも無惨に壊滅していたが、

遠目に見る釜石大観音は、

いつもと変わらぬ姿で海の彼方を見つめていた。

釜石観音の高さは48・5メートル。


多くの大観音は1980年代から、

1990年代のバブル崩壊までの間に建立されている。

高さも競ったようで、

73メートルの加賀大観音に圧倒された僕は、

それからまもなく見た茨城県の牛久大観音の巨大さには、

口をあんぐりと開けた。

台座も含めて120メートル。

日本全国で一体どのくらいの数の大観音が建立されたのか。

100年後に残っているのは、

せいぜい4,5体ではないか、

と大観音様たちのご利益には思いを馳せることなく、

その行く末を案じたものである。


さて、時は移り、

淡路島に立つ高さ100メートルの

世界平和大観音の解体が決まった。

所有者が他界した2006年以降は、

ほとんど放置され老朽化も著しく、

解体以外の選択はなかったらしい。


時期を同じくして、

会津若松市の会津慈母大観音は、

ひびが入った箇所の修理とともに

巨大なマスクをつけた。

この大観音は「祈りの里・会津村」が管理している。

修理とマスクの着用には足場を築かず、

ロープパフォーマンスで高所作業を行う会社が行った。

その作業風景も話題を呼んだ。

マスクは縦4・1メートル、

横5・3メートルという巨大なもので、

重量だけでも35キロという。

マスクだけで費用はどのくらいかかったのか。

コロナの1日も早い終息を願ってのことらしいが、

何だか風邪っ引きの大観音様にも見える。

全国のご同類の大観音様たちに、

寄る年波ゆえ風邪を引かないよう

お互い気をつけましょうね、

というメッセージなのでしょうか。