オイラが高2の1学期だったかな、

日本で「理由なき反抗」が公開されたのは。 

2学期になってから観たよ。

映画研究部にいたんでな、

2,3の映画雑誌から、

前年にアメリカで公開された

この映画の情報は、

とっくに仕入れていたのよ。

実際のジェームス・ディーン、

愛称ジミーはもうこの世の人ではなかったけどな。

でも、

スクリーンに大写しになったとき、

「あっ、生きてる」

と、オイラ思わずつぶやいたよ。

ジミーの反抗ぶりは、

いちいち納得できて感動しっぱなしだったな。

8つ9つお兄さんだったけれど、

オイラも反抗期だった。

何にもわかっちゃいないから、

身近な親を手始めに、

社会のあらゆる存在に牙をむきたくなった。

ここには書かないけどな、

結構、牙をむいていたんだぜ。

チキンレースな、

かっこよく、熱く、自分に相手に冷酷だったな。

オイラの胸に溜まっていた反抗のエネルギーを、

ジミーは吸い取るように解消してくれた。

「エデンの東」を観て更に「ジャイアンツ」を観るまで、

2年近くかかったけどよ、

そのときには2ジミーは24歳のまんま、

オイラの胸を永遠に安住の地にしていたぜ。

勝手に思うだけにしろな。


チキンレースを独りで演じたような

壮絶な自動車事故死だったけれど、

当時から今に至るまで、

ジミーは生きている、

と本気で信じる奴はいなかったし、

いないと思うぞ。

当時の世界は鉄のカーテンで分断されていたのよ。

大雑把だが、

ソ連を盟主と仰ぐ共産圏と、

アメリカをリーダーとする自由主義圏によ。

ジミーは鉄のカーテンの向こうで生きていて、

いつか姿を現す。

そんな伝説も聞いたことがないな。


三浦春馬さんの生存伝説は、

少し落ち着いたのかな。

それとも、

深く静かに潜航しているのか。

不意の自死で、昨年の7月18日に、

マネージャに意識不明の状態で発見され、

その日の午後には息を引き取った。

検死も終わり、

翌々日の7月20日には密葬が行われたんだよな。

そのあわただしい展開に、

警察や、事務所は何かを隠している、

という噂が広まった。

メディアも取材が追いつかない状態で、

遺書もあるとかないとかで食い違い、

スッキリした報道がなかったよな。

生存説が生まれる素地はあったのよ。

本人の意志でひそかに引退したとか、

苦悩する本人を見るに見かねて、

身近な人が逃したとか。

秘密の組織による陰謀説もあったよな。


しかし、

三浦春馬さんを惜しんでたまらないフアンの人たちが、

もっと生きていてほしかった、

いやどこかで生きている、

そのうち、姿を見せて自ら真相を語ってくれるだろう、

というように惜しむ気持ちを

エスカレートさせていったのではなかったか。

無論、本気で生存説を信じるのはフアンの1部で、

多くのフアンは愛惜の念を昇華させて、

心の内に生かしているのだろうよ。

30歳ながら、

三浦春馬さんはどこか繊細すぎて放っておけないような、

弱い内面を滲ませていたし、

仕事面では生きていれば大きく開花する可能性を見せていた。

それが死後にもかかわらず愛惜の対象として、

フアンの涙をほとばしらせての

注目を集めることになった。


ジミーはどうだったか。

オイラの胸の中で、

最初は悲劇の永遠のスターとして生きていたが、

今は悲劇がとれて永遠のスターとして生き続けているのよ。

自ら打った壮絶のピリオドが象徴しているぜ。

たかだか4年の内でジミーは己のすべてを燃やし

昇華させて旅立ったのよ。

「理由なき反抗」「エデンの東」「ジャイアンツ」、

この三部作に付け加えるものはないし、

足りないものもないだろ。


ただ、ジミーと三浦さんを結ぶ接点が1つある。


「まだまだ自分のことを何分の1も知っちゃいない。

 …だから生きることにせっかちなのさ」


死の1週間前のジミーの言葉だよ。


意味の取りようによっちゃ、

三浦春馬さんの独り言のようにも聞こえるんだよ。


改めて合掌。