薄気味悪い空間だ。

四方の壁も天井も床も

軟体動物を塗り込めたような感触だった。

床を除く四方の壁と天井からは、

薄っすらと光が滲み出てくる。


息苦しいので、

ボクはあくびを連発した。


あくびによって吐き出される空気は、

少し腐臭をこもらせている。

このままでは、ボクの体は腐る。


いつになったら、

ボクはここから解放されるのだろう。

この頃は心のカレンダーも、

不正確になってきている。


ボクをここへ閉じ込めている奴は、

造形アーティストだ。

フルネームは朝霧伴斗で、

名前のほうはバントと読む。


造形アーティストと言ったって、

首をひねる人が多いだろう。


流木と貝殻を組み合わせて、

原人魚と称する人魚を造る

下半身には鱗に見立てた貝殻を貼り付ける。

上半身は、

形の面白い流木を少し加工して組み合わせる。

首から上は根っこで表現する。

髪の毛は側根というのか、

太い根から分かれた細い根で表現している。

逆立った感じになるから迫力はある。


流木と貝殻を組み合わせる作品になってから、

バントの行く末に少し光明が射してきた、

とボクは思っている。


それまでは人真似ばかりだった。

少しでも脚光を浴びた奴がいると、

そいつの真似をしていた。


「バントよ、そんなんじゃ笑いものに

 なるだけだぞ」

ボクは歯に衣着せずケチを付けた。

ボクの声は四方の壁、天井、床に吸収されて、

バントの耳には届かない。

でも、

制作しながら独り言を大量に漏らす

バントの声はよく聞こえる。

こんなところに長年閉じ込められていれば、

五感が極度に鋭敏になる。

バントの独り言を聞いていれば、

制作中のものがくっきりと浮かび上がる。


「駄目だ駄目だ、バントよ、

 そんなもん、いくら作ったって芽は出ないよ」

こんな言葉を何千何万回、吐いたことか。

こいつはもうだめだな、と見切りもつけて、

ボクも絶望したことがある。


バントのアートが世に受け入れられて絶賛を博したら、

ここから出してもらえることになっている。

掛け値なしの絶望だったよ。


それが今の作風になってから、

アトリエの空気が変わってきた。

原人魚は、

ネアンデルタール人がこの地上に出現した頃、

ほぼ時を同じくして海に出現した人魚、

という意味らしい。

1体1体造っていって、

今は9体目にかかっている。

昨日、

世界でも知られている画廊オーナーが訪れて、

「8体か。迫力ありますね、正直ここまでのものだ

 とは思っていませんでしたよ」

と、感動のため息をついた。

「原人魚12像、というタイトルにするつもりです」

「すると、あと4体…完成したらうちで独占展を

 させてくださいよ。必ず世界に売ります」

有名画廊オーナーは、

仮契約を交わして帰っていった。


「9体目、できたぞ。調子が出てきた!」

独り言にしては大声だった。

「いいぞいいぞ。この調子であと3体、

 頑張れよ。バントの新しい世界が展開するぞ」

彼の耳には届かないが、

ボクは背中を押すように励ました。


そうして11日後の今、

バントは12体目の巫女と称する

原人魚を仕上げる寸前だった。

「よし、両眼は少し彫って表現したが、

 流木の味わいを残したままの素朴な両眼になった」

バントは力強くつぶやくと、

「原人魚12像完成だ!」

と、叫んだ。

その瞬間、四方の壁、天井、床から

五色の光が放射されて、

ボクは五色にまばゆく輝いた。

「凄いぞ、バント、ボクはきみの…」

ボクの叫びは、

ボク自体が五色の光に呑み込まれ途中で消えた。


「才能だ、才能だ! おれはやはり才能を

 秘めていたんだ。原人魚12像を完成したことで

 おれの才能はまばゆく噴出したぞ!」


バントの内奥から噴出したボクは、

人の肉眼では見えない五色の渦を天井近くで巻きながら、

バントを見下ろした。


バントは、

目出度いな、目出度いな、と歌いながら

ゴリラのような動作で踊っている。