バイクで、

千葉県東部にある実家へ帰った。

実家は農家で70代の父母しかいない。

畑を手伝え、

などと野暮なことは言わないので

のんびりできる。

ゆっくり眠れるせいか、

まだ日が昇らない時間に目覚めた。

朝食前のウオーキングに出る。

農道のような道に入る。

野菜畑が広がり、

何万羽も飼育している大養鶏場や、

数百匹規模の養豚場もあった。


いやだな、

と俺は一瞬足を止めた。

幅が狭い道なのに、

50メートルほど先で、

道を塞ぐように立っている影を認めたのだ。

片田舎と言っても、

今は養鶏場、養豚場、

小規模の工場などで、

いろんな国の人たちが働いているし、

地元民ではない日本人も多い。

人に出会わない道を選んだのに、

とぼやいて俺は歩きだした。


左へ体を寄せて通り過ぎようとしたのに、

そいつはグチョグチョ何か言った。

知らない言葉だ。

ついてきやがった。

(おっさん、歩くの早いね。派手なレオタード、似合ってないよ。

 O脚だね。オイラ、まっすぐだよ。日本人多いよね、X脚も。

 一緒に歩こうか)

グダグダ何言ってやがんだよ、こいつ。

「日本へきたら片言でいいから日本語でしゃべろ!」

思わず怒鳴りつけたが、ひるまずついてきやがんの。

(おっさん、何やってる人。体、ガッチリしているのに、

 頬がこけて貧相な顔だね。人生じゃ損するよ。そう言われない)

「うるせえよ。ほんとウザいんだよ。離れろよ。住んでるとこ

 あるだろ。帰ろよ」

俺は走りだした。100メートル競争なら11秒2ぐらいで走れる。

60メートルほど全速で走って振り返ると、

あいつ、首を伸ばしてこっちを見ている。

やっと諦めたか、とほっとした。

もう少し走っておくか、

と俺は気分よく走り続けたのよ。

そうしたら、

ダッダッダッダッダッ、

とそいつは僕を猛スピードで追い越していった。

20メートルほど先で立ち止まり、

こっちを見た。

笑っているようだった。

俺はもうそいつを無視することにした。


(おっさん、スピードないな。ところで、何してんの?

 生業を訊いてるのよ。歩くのは苦にしないようだから

 郵便配り。まさか豚泥棒の一味で下見にきたわけじゃ

 ないよね。一昨日の夜もこの近くの養豚場から、

 子豚ばかりが70匹も盗まれたんだから。おっさん、

 人相悪いね)

無視したのをいいことに、

グダグダ何かしゃべりながらくっついてくる。

ついに堪忍袋の緒が切れた。

「おんどれー、いつまでくっついてくるんだ!

 ドタマぶち割るぞ!」

仁王立ちになって一喝を浴びせたら、

(この先は行き止まりなんだよ)

と何か愚痴のように言って、

そいつはようやく立ち止まった。


俺はホッとして歩き続けた。

両側が雑木林になったところを抜けると、

目の前は鉄柵の扉だった。

都内の大学のラグビー部練習場用地であることを示す

看板が掲げられており、

左右に頑丈なフェンスが伸びていた。

いやだなと思いながら、

俺は引き返しはじめた。

あいつがさっきのところに立っていそうだった。

左右の雑木林が切れると、

やはり、あいつはさっきのところに立って、

俺を待っていた。

もう勘弁してくれよ。


あいつはダチョウなのだ。