1度目のときは

戒厳令を迎えたように思った人も多かった


1936年の2・26事件で発令された

戒厳令のことは

90歳以上の人なら

幼心に覚えているんじゃないかなあ


僕はまだ生まれる4年前だったから

僕自身の記憶はないけれど

父母からよく聞かされて

自分の記憶のように刷り込まれたもの


決起部隊が占拠した地域は

都心のほんの一画だけだった


今で言う首都圏にあった

旧鉄道省官舎の我が家周辺は

戒厳令が出ても

まるで普段と変わらない生活だった


ただ

新聞の朝夕刊が

戒厳令関係の記事で埋め尽くされたし

数人寄れば

その話題で仕事も手につかなかったという


戒厳令の状況を見にいってきた人の

実況談もあって

元祖劇場型事件の趣もあった


僕らの世代の多くは

1度目の緊急事態宣言の発出を

戒厳令に重ねたかもしれない


若い人たちも

緊急事態宣言に

ものものしい雰囲気を感じとった

のではないか


その発出に先立ち

小中学校の休校が要請されて

多くの国公私立の小中学校が

その要請に従った


いきなりのことで

現場に混乱を招いたが

ものものしさの露払い役をはたしたかな


そのせいもあって

緊急事態宣言に対し

市民の多くは従順に応じたと思う

感染の状況は下火に向かった


夏の第2波は若い人の感染が多く

無症状も含めて症状は軽く

死者も少なかった


官邸は

経済を回すチャンスと捉えたのだろう

各種のGo Toを大々的に開始した


全国的に人の動きが活発になり

大都市 観光地を中心に

人出の密が生まれた


2度目の緊急事態宣言の発出は

昨年の11月末か

12月の頭が発しどきだった


しかし

今更遅きに失したと言っても

結果論でしかない



今回の発出では

巷にものものしい雰囲気が感じられない

その要因は2つに絞られるのではないか


1つはいい意味の慣れである

手洗い うがい 3密は避ける

これは守ることが習慣化した

人たちにとっては苦痛でもなんでもない


緊急事態宣言が出されようが出されまいが

ごく日常的に励行している


もう1つの要因は

緊急事態宣言の発出に

たかをくくる人たちが増えたことである


全国の感染者が5千人6千人を超えようと

自分は大丈夫だった

発出中と言っても自分は感染しないし

外出行動は自粛しないでうまくやる


発出前と殆ど行動は変えない

人たちが多くなっていると思う


後者の要因が

どういう結果を生むだろうか


僕は1度目のときほど

うまくいかないと見ている

全国の新たな感染者が万を超えるのは

1週間以内ではないか

東京の場合は

1週間以内に5千人を超えるかもしれない


2月7日が近づいて仮に

東京の感染者数が500人前後に落ち着けば

解除になるかもしれない


500人がその目安だという

しかし

第1波 第2波を通して

東京で新たな感染者数が

1日で500人というのは

充分に波の真っ最中である


下火に向かうときに手を抜いたら

手痛い第4波が待ち構えるのではないか


仏の顔も3度

3度目の緊急事態宣言は

一般市民も堪忍袋の緒を切り

ストレス解消に走り

コロナも変異種が中軸となって

人々に襲いかかる


こんな悪夢は御免だ!!!