東京の感染者数は
休日に検査を行ったものが
2桁になっても
どうせ明日は3桁だろう
とふてくされて予想する

ほぼ予想通りになる
それも
200台が続くことがある
高止まりということなのか

寒くなったらインフルと
コロナのワンツーもありかな
などと
他人事のようにぼんやり思う

その自分に
オイオイ
もっとピリピリせんかい
と一喝したいのに
ヘラヘラ笑っている

いったい
この太平楽な気分は何だろう
関節リウマチで車椅子ユーザー
昨秋は間質性肺炎を患い
呼吸器は弱い

この僕がコロナに罹れば
重篤な状態に陥りやすいのに
薄着で入れば風邪を引きやすいから
カーディガンを引っ掛けるか
ぐらいにコロナを身近に感じて
軽く見ている

ごく日常の毎日の中で
風邪引くな 腹を壊すな
ぐらいの通り一遍の
意識で捉えている

これは慣れなのか
半分は正しい

人は他者への認識を変えることで
自己への認識も都合よく変える

終戦時
満5歳だった
戦争が終わったことを知り
心からホッとした
父母も姉たちも
近所の人たちも

敗戦の無念を切腹して晴らそう
という人など
僕が見渡す限りの人たちには
誰もいなかった

ただ
米兵がきたらどうしよう
という恐怖が残った
物心ついてから
鬼畜米英
とラジオや 新聞で叩き込まれた先入観は
大人よりも消え難い

当時の我が家は
20戸前後の旧国鉄官舎群の
1戸だった

何の用だったのか
その年のうちに
進駐軍がジープで視察にきた
板塀の節穴から覗くと
通訳らしい日本人を連れて
3人の米兵が官舎の家並みを見て
小さいノートにメモしたり
カメラのシャッターを切っている
楽しそうな雰囲気でね

鬼畜にしてはのどかだな
と僕は思った

通訳らしい日本人が
両手をメガホンにして
「みなさーん、出てきてください!
 プレゼントがありまーす!」
と叫んだ

みんな子供は
節穴から覗いていたんだな

筋向いの官舎から
お母さんと一緒に
僕と同年の男の子が出てきた
米兵の1人がその子の掌に
ガムや キャンディーをのせた
ゴクッと生唾を飲み込んでから
僕は道へ飛び出した
両の掌でお椀を作ると
年配の米兵が何か叫びながら
ドサッとガムや チョコを落としてくれた
みんなぞろぞろ出てきた

(進駐軍の)米兵が
鬼畜ではなく陽気で気前のいい
ヤンキーになった瞬間だった

認識は一瞬で改まる

コロナの素顔は凶悪なままで
陽気で気前のいい
ウイルスに変わるべくもないが
私たちの認識が変わりつつある

存在してもしょうがない奴なんだ
と日常の中に取り込みつつある

それでいいのか