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滝藤健一扮する覚慶は、
僧衣が似合い
表情に弱々しさが滲み出て、
母性本能をくすぐりそうだ。

戦乱で疲弊する街へ出て、
しきりに施しを行う。

弱さと優しさを併せ持つ
人間として描いている。

実際の覚慶が
そのような人間であったかどうか。
それはドラマだから関係ない。

戦国の僧は、
寺に将兵が乱入することも多く、
丁々発止と渡りあう力量と
度胸に長けていた。
命が惜しいと弱々しく訴える
惰弱な僧は稀だったろう。

まっ、
世継ぎの弟は早くから仏門に入れられる、
のが足利将軍家のしきたりだったから、
お坊ちゃん僧だったとしておこう。

14代将軍は、
三好三人衆に担がれた傍流の義栄に決まる。
しかし、
義栄は背中の腫れ物という持病もあり、
三好三人衆と松永久秀の
抗争に翻弄され、
入京を果たせないまま
半年そこそこの短命将軍に終わる。

ここで十兵衛が細川藤孝とともに、
還俗した義昭を将軍に擁立するため、
信長を後ろ盾に仰いだ。

義昭は将軍になり、
信長を父とまで呼ぶようになる。

ところが、
いつのまにか,
信長に対し面従腹背になり、
本願寺、浅井長政、朝倉義景、
武田信玄などに信長討滅の檄を飛ばし、
信長包囲網を構築する。

信長は、
この包囲網に大いに苦しみ抜いた。
しかし、
信玄の西上半ばでの病死に救われ、
包囲網は崩壊する。

信長は兵を挙げた義昭を許し、
追放するが、
義昭はその後もしぶとく生きて、
関白に上り詰めた秀吉の
御側衆になった。

さて、
滝藤健一扮する義昭は、
覚慶時代の人間性のまま信長と相対し、
その成り行きに流されて
浮き沈みするのか。

この場合は黒幕が必要となろう。

それとも、
秘めていた陰険で疑い深い
性格を前面に出し、
自我を振りかざした陰謀を行うのか。

後者の場合、
多重人格的に描いても面白い。

いずれにしても、
視聴者が納得できるよう、
義昭の人間性と変貌を
どのように魅力的に描けるか。

光秀の行動とも熱く交叉して、
ここが中盤の核になるに違いない。