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彼のベートーベン役は、

髪型を似せて集中力発揮の表情になったら、

名曲の作曲にかかった

ベートーベンが乗り移ったようになるだろう。


希望が燃えて鬼気迫ってな。


その舞台「No.9-不滅の戦慄ー」は、

本年12月30日~明年1月7日まで上演されるが、

再々演になる。


ライフワークにしたいというから、

自分でもはまったと意識しているのだろう。


はまっていれば、

上演を重ねるたびにベートーベンが濃く乗り移る。


30年ぐらい前の僕の話になるが、

某創刊雑誌のグラビアを飾ることになり、

編集者、カメラマンと共に

ベネツィア、ウイーンの2都市を旅した。


大晦日、元日、2日をベネツィアで過ごし、

3,4の両日はウイーンで過ごした。


どちらかの日だったか、

編集者とカメラマンは、

夕食後、

どちらも部屋にこもってしまい、

僕は振り出した雪に誘われ、

街へ出て少し彷徨った。


チョコレート色の屋根の屋台が出ていたのよ。

ワインを飲ませる屋台だったが、

2人の先客は赤ワインをホットで飲んでいた。

こっちでは寒い夜はそれが普通らしい。


僕もホットで頼んだ。


髭ぼうぼうのオヤジが

拙い英語で話しかけてきて、

こっちはもっと下手な英語で応答した。

そのうち、

僕があまり会話に乗り気でないことを悟り、

話しかけてこなくなった。


そう、

僕は静かに雪の旅情に浸りたかった。

ベートーベンについては強い思いがあった。


小学3,4年のとき、

父の蔵書の日本講談全集を読んだ。

何巻まであったのかな?

漢字には総ルビがフッてあったので

読み切ったと思うよ。

「弥次喜多道中記」もあってね、

面白くて声を出して笑ったものよ。

他に短編2つが収められていて、


その1つが「月光の曲」だった。

30歳前後のベートーベンが、

作曲家にとって

なにより大事な聴力を失い、

重度の難聴になって

煩悶の日夜を送る


ある夜、

窓から射し込む月光に誘われて、

窓外を見ると、

月光が路地の石畳に反射し、

石畳の隙間に吸い込まれつつ、

幻想的な光景を演じ、

美しい音を奏でていた。

耳で聴かなくても

美しい音は聴こえる。

ベートーベンは、

すべての迷いを断ち切り、

ピアノに向かった。


こんな筋立てだったと思うが、

当時の僕は難聴で、

物語を読むことで

音声を聞いていたから、

心の底から感動し

しばらくは涙を抑えられなかった。


雪降るウイーンの夜に、

僕は青い月光が静かに降り注ぐ

石畳の路地をイメージしていた。


「月光の曲」にまつわる物語は、

これから紹介するもののほうが

世に知られている。


ベートーベンが友と歩いていて、

とある小店から漏れ聴こえる

自作のピアノ曲に関心をそそられる。


兄妹がいて妹は盲目の人。

その妹が弾いていたことに、

ベートーベンは驚く。

妹は不意に訪れたのがベートーベンと知り、

1曲所望した。

ベートーベンは、

折から射し込む月光に触発され、

月光の曲の軸になる部分を

即興で弾くのだった。


何かできすぎた物語のような気がして、

僕は講談全集の長編の添え物として

収められた短編の「月光の曲」のほうが

今でも好きである。

手許に残っていたら

読み聞かせしやすいようにアレンジして、

レパートリーの1つにしていたのに。


稲垣さんのベートーベンは観たい。

しかし、

関節リウマチで車椅子のユーザー。

症状が不安定なので

観にはいけそうもない。

テレビの中継で観たいものだ。