悲しいときには

 

 素直に悲しもうよ

 

 悲しい種を


    溜めて抱えちゃいけないよ


    悲しみの重さで身動きできなくなる



    1つずつ取り出して


    心から捨ててあげようよ


   

    そのときに流すべき


    涙をこらえちゃいけないよ


 自然に出るんだから


 自然に任せたらいい


 

 でも


 悲しみの中に


 不意に突き上がってくる喜びがある


 もしかしたら


 そういう喜びは


 肉親や


 親友の死の悲しみの中で


 表れるものではないか


 

 母の死のときを例にとって話そう


 26年前に


    94歳で歳で他界した母は


 その2か月ほど前


 病床に伏して間もなく


 僕に関東大震災で


 九死に一生を得た真相を話した


 

    墨田区の本所にあった


 和洋裁と和洋食料理を教える学校の寮で


 母は関東大震災に遭い


 着の身着のままで


    伊豆東海岸の実家まで逃げ帰った


 ということは知っていた


 

    病床で聞いた話は


 それに肉づけをするもので


 学校から昼食を作るため


 目の前にある寮に戻った直後に


 大地が揺れた


 木造住宅の密集地であった本所は


 たちまちのうちに火の海になり


 母は死に物狂いで


    伊豆の実家へ逃げ惑った


 

    40人ほどいた寮生で


 後に連絡を取れたのは


 五指に満たなかったという


 「何としても生き延びようと思ったの。

  婚約者がいて結婚式の日取りも

  決まっていたし 

  子どもに恵まれた家庭を夢見ていたから…」


 母の言葉は僕の胸に突き刺さった



 母の死は充分予測できていたから


 覚悟ができていて


 通夜 告別式では泣かなかった


 でも


 数日後 事務所でたった1人になったとき


 深い悲しみに襲われ


 男泣きに泣いた


 涙がとまったとき


 喜びに襲われた


 

    死に物狂いで逃げた母は


 子どものいる家庭を夢に描いていた


 母が生き延びなければ


 今の僕はなかった


 僕の胸は喜びでいっぱいになった



 おふくろ 有り難う



 僕は笑顔で母に感謝した


    

    また


     まもなく関東大震災の


     9月1日が巡ってくる



      おふくろ有り難う


      と天を仰いで笑顔で叫ぼう