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北東約2・5キロに中島飛行機武蔵製作所

ほぼ南 約2キロに陸軍の調布飛行場


わが家があった地の上空は

終戦の年の前年11月末に

中島飛行機武蔵製作所を標的に

B29の大編隊が襲来して以来

戦場に変化した


防空壕に入っていてもね

1トン爆弾がさく裂すると

ズシーンと地響きが伝わってきた


終戦の年に入ると

日本はもう近海の制海権も失っていたから

空母群から飛び立った敵戦闘機グラマンが

ブンブン飛んできた


空中戦が始まるまでは

外にいると危険なの

人影を見ると

低空へきて機銃掃射しやがるからね


数こそ少なかったが

調布飛行場の陸軍飛行隊は

首都の防空を担う一騎当千の

つわものぞろいだったんじゃないか


グラマンと果敢に空中戦を行い

よく落としていた


空中戦が始まると

防空壕から出て観戦する大人がいたし

子供もくっついて空を見上げた


グラマンに地上の人影を機銃掃射する

余裕がなくなったからよ


ある日

なぜか1機対1機の格闘戦だけしか

視界にないことがあった


空には組んずほぐれつ死闘を演じている

敵味方各1機だけ


僕は兄のそばに立って

一緒に見物していた


兄はその年の3月に召集されて

旧満州に派遣されたから

1月2月のことだったろうか


空中戦はやや西寄りの空でやっていた

どっちが追尾できるか

ほぼ水平の旋回や

立体的な巴戦が繰り返された


1機の尾部が黒煙を引きだした

兄は拍手して

「やったやった!」

と 叫んだ


僕は兄の横顔を振り仰いだ

輝くような表情だった


僕が兄を振り仰いだのは

黒煙を引いたのが

日の丸機だったからだ


兄は拍手をやめ

顔色をサッと翳らせた

やられたのは

味方機なことに気づいたからだった


空の戦場に目を戻したとき

味方機の姿は見当たらず

ぽっかりと真っ白い落下傘が開いたところだった

兄はまた拍手し

僕も兄にならって拍手した


グラマンは長居は無用とばかりに

南西の空へ飛び去り

米粒のようになっていた


20歳の兄と5歳の僕が

何かを目撃して共有できた

最後の機会だったかもしれない



毎年の終戦記念日に

兄との思い出のいくつかが脳裏をよぎるが

この思い出の兄の横顔に生まれた明暗は

ことのほか印象に焼きついている


※ 画像と内容に直接の関連はありません。