50年

いや60年も前なら

古くて異常なものが発見されると

新聞記事になって

土地の古老の話によると…

というフリで

古老の記憶がその記事を彩った


今で言えば

著名人のコメントの役をはたしていたのかな


古老とは

今や死語だけど

古くから住んでいて

土地のことは何でも知っている高齢者

ってところか



57,8歳で古老と呼ばれていた人もいた


今でも古老という呼び方があるとしたら

87,8歳以上だろうね



JR中央線の武蔵境駅と東小金井駅の

やや東小金井寄りに

旧国鉄の大きな変電所がある


それに隣接して10数戸の

旧国鉄官舎が立っていて

その1戸が我が家だった


その頃はまだ

東小金井駅がなかったから

最寄りの駅は武蔵境駅だった


変電所の道に沿って行くと

車が通れる道と

細道ながら駅への近道の分かれ目になる


近道を選ぶと

松林に灌木が茂り

雑草に牧草が混じって生えた

場所を通る


人が踏み固めた蛇行した細道が
通っていた

牧場の跡だって聞かされていた


コンクリート造りの建物があって

入り口はいかめしい鉄扉で

大型の南京錠がかかっていた


窓は両側壁の高いところに小さくついていた

鉄格子がはまっていたな


肉牛の命を奪うところだった


「牛の亡霊がいっぱい出るぞ」


官舎の年長の子達に誘われて

みんなではしごを担いで

その建物の側壁にかけて

かわるがわる中を覗くことになった


みんな勢いよくはしごを登っていくが

青い顔をして下りてくる


僕の番になった

登って覚悟を決めて中を覗きこんだ

暗くてよく見えなかった


でも

何かがいっぱい

入り乱れてうごめいている気配があった

とても怖かった


昼間でも

この跡地を1人で通ると

不気味な心地に襲われた


月に1回

僕は早朝にこの跡地を通った

購読していた少年誌の発売日で

待ちきれない気持ちで

駅前の書店を目指したからだった


ある月

コジュケイが数羽

草原部分で餌を拾っていた


灌木の繁みから

何かがぴゅーんと飛び出して

1羽のコジュケイの背中にとりついた


イタチだった



中学に入って

我が家は武蔵境駅の近くに

新居を立てて引っ越した


半年ほどして

思いたって牧場の跡地を訪れた


牛の命を奪ったところも

灌木の繁みも

草地も消滅していた


ただ

根こそぎに掘り起こされた松の大木が

そこかしこに横たわっていた


その夜

父から牧場の跡地に

都営住宅が建設されることを知った


その数日後のこと

僕は新聞を見ていて都下版に

都営住宅の建設予定地から

数10体分の人骨が出てきた

という記事を見つけた


土地の古老の話として

大正時代にその付近で疫病が流行り

犠牲になった人達を

一か所に集めて深い穴を掘り

埋葬したという


中学1年の僕には

おどろおどろしい話で

疫病というものの怖さだけが記憶に焼きついた


今回

牛の命を奪う建物と共に

新聞記事の古老の話を

直接聞いたわけでもないのに

生々しく思い出した


それだけのことである