_var_mobile_Media_DCIM_103APPLE_IMG_3669.JPG

1940年4月開校僕はその前月3月25日の生まれだから共に相次いで80歳の誕生日を迎えたことになる

そっか 80年か
廃校の憂き目にあわない限り
母校は200年300年と生き続ける

開校したときは府立19中だぜ
それも府立2中(現都立立川高校)
の校舎を間借りしてさ

先輩たちに聞くと
虐めもあったらしいけれど
後輩の府立中ということで
面倒見もよかったらしい

立川高校はバンカラの気風があった
という

「きみは立高(立川高校)より、
 温和な国高(国立高校)が向いているよ。
 ゆうゆう合格できると思うし」

担任のすすめで国高に決めた

それで国高を見にいった
武蔵境から3つ目の駅だったけど
歩いてね

当時は東小金井駅も
西国分寺駅もなかった

国高は木造の校舎2棟から成っていた
古びた兵舎のようだった

玄関のある棟は
その真上がバルコニーになっていた

2棟の校舎の途切れた先に
比較的新しい体育館が立っていた
校庭だけは広々としていたなあ

南側の境目は低い土塁が築かれて
桜の若木が植えられていた

土塁に立つと
見渡す限りの感じで
桑畑が広がっていた

その向こうに南武線が走り
更にその向こうで車が行き来していた
甲州街道よ

1956年春のことだった

確かに
校風は温和だった
がり勉の生徒は数えるほどだった

僕のクラスに浪人して
東大に入ったのが2人いたけれど
クラス会にもこないし消息も聞かない

文化祭は楽しかったなあ

まだデカンショ節が生きていた

ジャズと共存してね


今もがり勉が少ないってな

文化祭の充実度は日本一らしいじゃないか

2万人がくるのか スゲェ


でもな
本質は俺らの頃と変わらねえな

そんな母校が好きなんだよ

誇っていいぞ
こういう高校だって教えてやろうぜ

きみが受験生だったら
国高を選んで間違いないよ

この本を読んで納得しな




都立国立高校同窓会編
講談社ディトリアル刊
定価 1000円(税別)