この名言に初めて触れたとき
今まで心にモヤモヤしていたものが
一気に消えて
スッキリしたような感動を受けた

人生の解答を得たような
そんなショックを味わったよ

職を転々としていた時代の怠惰を捨て
世に認められる作家になろうと
懸賞小説に応募を開始して
受賞に漕ぎ着けるまで7年かかった

挫折しかかったことは
何度かあったよ
ここでその詳細を書く余裕はないが
苦しいぞ この道は
と 思ったときに
たまたま 
入ったそば屋の壁で
この名言と出会った

以来 挫折しそうになると
この名言を諳んじたよ

勝ちに不思議の勝ちあり、
負けに不思議の負けなし

受賞して少し落ち着いて
改めてこの名言を諳んじたとき
500編 1000編の応募者の中から
どうして独り選ばれたかが解ったよ

選ばれて当然だったわけじゃないんだ
差は紙一重なんだと思うよ
その紙一重をクリアできた

それは不思議の勝ちだろ
天佑があったと言ってもいい

平戸藩9代藩主の松浦清は
早くに隠居して静山と号し
多くの著作を著し
随筆集「甲子夜話」は大作である

剣にも通じて
剣術書「常静子剣談」を遺した

前述の名言は
この著に収められている

後に
先日他界された元捕手の
野村克也さんが愛用されたが
捕手で4番の重責を担い続けてきた
からこそ理解できた

眩しい脚光を浴び続けてきた
王長島の両さんではなく
捕手を貫いた野村さんだからこそ悟れた

バットは剣に通じ
捕手の防具は剣道の防具に通じる

野村さんは自作の名言も多く遺した

ここでは1つ

王長嶋はヒマワリだけど
俺はひっそりと日本海に咲く月見草

太平洋に咲くヒマワリ
と 言ってないのに
どうして日本海とつけたのかな

ひっそりと咲く月見草でいいのに

僕はここに王さん長嶋さんに対する
野村さんの自負を感じる

その名言が生まれたのは
600号達成時の談話

自分こそが日本一のバッターだ
という心に秘めた自負である

引退して打撃部門のすべてで
生涯2位の実績を築いたことを知り
野村さんの自負が
僕の心にジワジワ染みた


改めて
野村さんのご冥福を心から祈る