_var_mobile_Media_DCIM_103APPLE_IMG_3540.JPG

中島みゆきの声と出会ったのは
30代半ばの頃
小説家への道が閉ざされたか
と 思うほどの挫折感があった

毎夜
呑んだくれて
その夜も
ハシゴして
帰る気になかなかなれず
もう閉店の準備をしている
小さな居酒屋に入ったの

カウンターで
もう飲めない状態なのに
無理して飲んでいたら
流れてきたんだよ

♪ 今日はこんなに悲しくても
   涙も枯れ果てて

よせよう 
こんな暗い歌
ってママに文句言いかけて
やめて聴き入ったんだよ

その声がいつの間にかさ
僕の空洞になってる
胸の中で響いてんの
何だかしぶとく優しくね

聴かされちゃうんだよ
胸の痛みを
裏から癒してくれるような力がある
歌の抗菌剤だな これ
と 思ったよ

歌詞と
感情の断片を引っ付けている
感じの声に
はじめ騙されたが
ちっとも暗くねえ

♪ あんな時代もあったねと
   きっと笑って話せるわ

ほんとにそうだ
と 頷いていたよ

そうか
この人の歌は
聴いているうちに
元気を貰えるんだ と

この人 何て言う歌手?
ママに訊いたら
中島みゆきって一言

シンガーソングライターの強みだよな
詞が先か 曲が先かは関係ないな
どっちみち自分だもの

それで
聴く者の気持ちを切り替えさせる
ことがうまいんだ
前へな

でも
もっと何かあるぜ この人

そのことが心に残ったよ

それから5、6年してな
僕は直木賞を受賞して
小説家としての基盤を作ることができた

いい気になってよ
毎夜
銀座 六本木界隈を飲み歩いていた
そんなときに
「悪女」を聴いたのよ

カワイイ悪女だな
いじらしくて
こんなコと付き合いたいなって

見栄張ってさ
かえって辛いだろうに

♪ 涙ぽろぽろ ぽろぽろ
   流れて 涸れてから

人前でもそれでいんだよ
泣いてくれよ
ぽろぽろ 僕の前でな

勝手に語りかけているときに
ハッとしたのよ
これって
今の時代の風潮を
歌い上げてるなって

1980年代初めって
高度経済成長の恩恵が続いて
みんなが豊かに
享楽を追求していたものな

しかし
危うい感じが底流として流れていた
多くの人は本能的に無意識に
そのことを感じとっていたんじゃないかな

みんな無理していた
背伸びして見え張って競争してな

素直になんなきゃ
と思いながら流されていた

悪女を演じていたんだよ

中島みゆきが凄いのは
元気をなくしている
人間に寄り添いながら
いつの間にか
そうっと背中を押している

だから 元気が出るんだ
でも 聴いていて
もっと重いものを
心に置いていくような
感覚になるのは
時代なんだ
その時代を歌い上げているんだ

「時代」だってそうだ
1970年代は
世の中のいろんなものが
価値を変えながら
多様化していった時代で
それに合わず落ちこぼれていって
挫折や 絶望を味わう人たちが多かった

そういう人の救世主的歌だったんだよ

もっとはっきり言えば
その時代の滴りを歌い上げている
だから
心に強く響くものが残るんだ
ずしっと残るんだ

ここでは2曲しか取りあげなかったけれど
みんな
好きな曲の時代を意識して
聴いてごらん
歌ってごらん

納得がいくぜ