そいつは
特に賢明でもなかったし
要領もよくなかったぜ

体だって
特に頑健だったわけじゃない

本業は自動車部品メーカー
準大手のサラリーマン
総務畑で
ほとんど定時で退社できたので
夜の副業を持った
夜間営業もしている
繁華街のカメラ店で
19時から24時まで働いた
フイルムの現像焼き付けの
窓口のような業務だったけど
当時
そのほうの需要は凄かったんだよ

2つ目の副業は
休日に限ってのフル勤務で
配達の仕事

今で言えば
宅急便の走りかなあ

よく働くよ
と 職を転々としていた僕は
半ばあきれて
感心したもの

彼は早婚でね
もう1人の子持ちだった
風呂はついていない
一間のアパート住まいだった

正月だって働いていたぜ
活き活きとよ

郊外にマイホームを持ちたい
それから マイカーも

夢を描いていたんだ
夢を描けたんだよ

どっちを向いても
希望が持てた時代だったから
だから
働きすぎに見えても
病気にはならなかったんだ

30歳そこそこで
マイホームを建てたよ
追ってマイカーもな

無理がない夢は
必ず実現できたんだよ
そう言う時代だったのよ

今は違うだろ
どっちを向いても塞がっていて
夢なんか描けねえだろ

子供が2人もいてみな
マンション持ったって
ローンが残ってりゃ
ごく普通の会社の給料じゃ
やっていけねえよ

かかりだけはやたらかかる時代だ

会社が副業を許可して
2人の子育て真っ最中の
カミさんを働かすわけにはいかねえだろ

それで夜勤の仕事で頑張っても
楽になんねえのよ
特に心が悲鳴をあげんの

苦しくても頑張るしかねえ
って気持ちだと
心が先にきしむんだよ

そういう人
周りに多いだろ

大多数の庶民に
希望を持たせられる国

そういう国が豊かなんだと思うよ

夢が奮い立ってさ
希望が小躍りしてさ

ところで
そいつの話に戻るけど
借りたジャンパーを返すというので
休日の昼どき
指定された公園に出向いたことがあんの
小公園だったよ
配達の荷を積んだ自転車を止めてな
そいつは2、3歳の男児を肩車していた

男児はキャッキャ騒いでいたよ
瞳をきらつかせてな
近くのベンチに
奥さんがかけていて
夫と
その肩に乗っかってる我が子を
目を細めて見ていたぜ
お握りを頬張りながらな

束の間のハイキングだったんだろ

あれか 幸せって

羨ましかったぜ