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イチロー選手が引退を決めた。

少し早すぎる気もした。

彼自身が50歳まで現役を続ける

と明言していたこともあって

それを楽しみにしていたからである。


それ以上に

50歳になっても底知れぬ能力を

発揮しそうな感じを受けたからである。


イチロー選手の非凡さについては

これでもかこれでもかと語られてきた。

これからは

ありとあらゆる角度から

もっともっと語られるだろう。


僕はイチロー選手の

ある1点について述べることで

自分なりに彼の恐ろしいほどの非凡さを指摘してみたい。


イチロー選手は含蓄のある言葉をよく口にしてきた。

飾らぬ名言が多い。


僕が好きな彼の言葉は


 ~小さなことを積み重ねることが、

 とんでもないところに行く唯一の道だということ~


この言葉はごく当たり前のように思える。

諺にあるように(千里の道も一里から)だし

(塵も積もれば山となる)もほぼ同義に理解していい。


では

誰もが一里ずつを積み重ねていけば千里に達するか。

そうは問屋が卸さないことは

皆さんよくご承知である。


確かに

世界最高峰の頂上を極めるのも麓の1歩からである。

でも

世界最高峰には難所がいくらでもある。

難所の表情はすべて異なり

前の難所を乗り越えたからといって

その時の経験がそのまま通用するわけではない。

天候の急変もある。

麓の1歩からの積み重ねで頂上を極めることはできない。


イチロー選手は

日米通算4367本という

前人未到の金字塔をうち立てた。

ただ安打1本1本の積み重ねだけでは

そこには到達できない。

状況状況に応じてもっとも価値の高い安打を放たなければ

4367本には到達しない。


例えば単打でも打ち方がいろいろある。

外野手の前に落とすクリーンヒットでも

走者なしか

1,2塁に走者がいるか

2,3塁に走者がいるか

満塁か

1死か 2死かでも打ち方が変わってくる。

内野をゴロで抜くのがいい場合もある。


イチロー選手はどのように打つかの計算と

そのように打てる類まれな能力に恵まれていた。

無論 失敗もあったが

その場合でも走者を残す

自分は1塁に生きる

などで犠牲を最小限に留めることに注力できた。


俊足だから内野安打も多かった。

その内野安打もバントを含めて

どの方向へどんなゴロを打つか

内野手の守備の死角へ小フライをどう落とすか

などを臨機応変に対応できたと思う。


要するに

小さなことを積み重ねて

とんでもないところへ行けるのは

イチロー選手という天才なくして行けなかった

ということである。



本当に

長いことワクワクさせてくれました。

イチローさん

本当に有り難うございました。



と語り尽くされてきたし