駅まで歩いて6、7分の道を

 いつも駆けている若い女性を見て

 あと10分早く起きれば

 すむことなのにと思う

 でも

 10分早く起きても

 うちを出るのはギリギリで

 やはり 駆けている

 10分早く起きた分は

 何に消費したのか

 別に-

 と若い女性が首を振る姿が浮かぶ

 いつもの通りに支度しただけで

 時間がその分

 ゆったり過ぎたのだろう

 ある朝

 必死の形相で

 全力疾走して駅へ駆けていった

 寝坊したのではないだろう

 いつもの時間に起きて

 いつものように支度したのに

 相対的に少し手間どったのだろう

 2分手間どれば

 タイムレコーダーは

 赤字で数字を刻むに違いない

 必死に駆けなければならない

 走れメロス!

 と声をかけたくなった

 電車が遅れても

 遅延証明書がものを言って

 遅刻することはまずないはずだ

 9::02  と赤字で刻まれても

 3分の遅延証明書があれば

 8:59  出社だから


 ある朝

 その彼女が1時間遅れで

 駅へ駆けていった

 駆けても無駄だよなあ

 と僕は仕事場の窓から

 見下ろして笑う

 けれども

 彼女は連日

 その時間に駆けて窓の下を通る

 そうか

 転職先が10時始まりなんだ

 と納得する

 彼女は時間に間に合えさえすればいい

と考えているのだろう

 仕事もやれさえすればいい


 人生も送りさえすればいい

 ゴールに間に合えさえすればいい

 駆けなくても人生のゴールには

 間違いなく辿り着く

 
 間に合えさえすればいい

 という考え方は大変甘い

 成長しようという気持ちが

 欠落している

 駆けても何も残らない