kja_Hj18SS.jpg
福地啓介君が
驚異的な天分に恵まれていることは
論を待たない。
_var_mobile_Media_DCIM_102APPLE_IMG_2614.JPG
オセロも含めて
囲碁 将棋 チェスなどの
頭脳的なゲームは
身体能力や
体力を問われる運動競技に比べて
天分が花を咲かせるのが早い。

それでも
11歳のチャンイオンの誕生は
稀有な偉業と言うしかない。

福地君の家庭が
自然にオセロをやるような
環境にあったかどうかは知らない。
環境に関係なく
天分はその人をそっちへ誘っていく。

天分はどういうものか
運動に例をとったほうが説明しやすい。
五体満足に生まれたとして
生まれつき足の遅い者は
成長しても やはり遅い。
生まれつき足の速い者が
血の滲むような鍛錬をして
世界的なランナーになれる。
そのレベルからの競争は
類ない天分の持ち者同士の競争になる。
命を削るような激しさになる。

生まれつき足が速いという天分を
どのように線引きするか。
仮に走ることに支障のない3歳児100人が走って
1着になった子が走る天分の持ち主とすれば
世界では100万人単位でいることになるだろう。
おおざっぱな計算であることは勘弁してほしい。


世界中のありとあらゆる職業を
合わせればどのくらいの数字になるかは知らない。
占いという職種1つをとってみても
星占いというポピュラーなものから
やっているのは考案したその人だけ
というものも含めれば
夥しい数になる。


何を言いたいかと言えば
人はその人の代わりはいない
それぞれが唯一人である。
当然
みんなそれぞれが天分を備えている。
その天分に向いていない職業に
たまたま
ついている人も多いかもしれない。
天分に向いているとしても
ポピュラーな職業では
その頂点を極めるには天分の天分の
そのまた天分が必要かもしれない。

それはともかくとして
すべて人は何かの天分を恵として持って生まれている。
その天分に早く気づいて磨いていく。
それを活かした仕事に就くことが
有意義な人生を築く早道になる。

それが大事の大事である。