関ケ原合戦で

 石田三成は敗れたが

 その率いる石田隊以上に奮戦したのは

 盟友大谷吉継率いる大谷隊だった

 3000の小勢ながら

 前面の東軍と善戦しながら

 右手後方の山に陣取った小早川秀秋隊の裏切りを予想し

 それが事実になると大軍の小早川隊の攻撃も果敢に受けてたった

 大谷隊は鬼神のように闘い 

 吉継は戦場で切腹して果てた

 宿病のハンセン病が進んで両眼は失明状態で

 輿に乗り采配を振るったという


 吉継は加藤清正 福島正則などと賤ケ岳七本槍と謳われた荒小姓上がりの猛将

 後輩の小姓だった能吏タイプの三成とは反りが合わなかった


 大阪城内で秀吉が諸将を招いて茶会をやったときのこと

 三成は吉継の次の座にいた

 すでにそのとき ハンセン病に罹患していた吉継の鼻は変形していた

 吉継は回ってきた茶碗の茶を喫した直後 鼻汁を落とした

 それを承知で三成はその茶碗を受け

 何ごともなかったように鼻汁入りの茶を飲みほした と言われる

 三成には吉継を味方にしたいという計算が働いていたかもしれない

 それができるかどうかが問題である

 吉継は感動し深く恩義を感じて盟友になった


 きみはきみを不愉快に思う奴を感動させて味方にすることができるか

 無論 そいつは将来性のある奴だ

 三成と吉継が盟友になった逸話を胸に刻んでおけば

 これだなという勘が働く場面が必ず訪れる

 逃すな

 敵になっておかしくない奴を味方にする

 これほど効率がいいことはないぞ

 忘れるな

 価値ある人生を切り開くために