幼少年期の僕は病弱で、両親は医師から20歳まで持たないと言われていた。
中学時代は古書店を覗いて歩くのが好きで、食養生とか栄養学の本ばかり立ち読みしていた。
拾い読みだったが、玄米菜食には随分関心をそそられた。
母にその知識を伝えたが、
末っ子の僕のためだけに家庭の食事を玄米菜食に切り替えてくれるわけもない。
ただ病弱の僕に気を遣ってマムシを蒸し焼きにして粉末にしたものや、
揚げたニンニクなどをよく食べさせられた。さらに僕自身はバランスをとるつもりもあったのだろう。イチジクや、干し柿を買い食いしてよく食べた。

僕が病弱でなくなったのは大学の2年頃からである。
高校3年の終わりに気管支拡張症と診断された。
いったん拡張した気管支が元に戻ることはない、それにこれは老人がかかる病気だ、
と医師は言った。
えっ、まだ18歳になったばかりなのに。僕は絶望した。
でも、開き直ったのかな。どうせ早死にするんなら体をいじめてやれ、と。
いじめてやれば命の力を見せてくれるだろう、と。
酒タバコはバンバン、アルバイトは重労働。
いじめ抜いたのに強い体になった。
気管支拡張症が治るわけもなかったが、捨て身の僕に尻尾を巻いた状態にはなった。

そのまま、不摂生は40代半ばまで続く。
この頃から僕は酒タバコはやめずに80%玄米菜食を始めた。
僕は原理主義は嫌いである。誘われればステーキ屋や、焼肉屋にも行く。
ただそういうときでも野菜は充分とるようにした。
その食の傾向は現在も続いているが、70歳を超えてから肉を多めにとるようになった。

ところで、高校のクラス会で故人なった同級生を見ると、大変頑健だった者が多い。
運動部で鳴らした者が50代60代、あるいは70代そこそこで逝っている。
頑健に任せて食べたいものをバリバリ食べて肥満体になった場合や、
頑健を過信し中年期に生活習慣病にかかったケースが目立つ。

子供のときに病弱だった人はどこかで命の不可思議さを感得しているのではないか。
幼少年期に頑健だった人は大人になってからの食生活も生活スタイルも
その頑健さに任せたものになっていたのではないか。
自分の命と向きあうか向きあわないか。
病弱だった者は向きあわざるを得なかった。

 その差のような気がする。