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 三鷹電車庫跨線橋です。

 朝日が注いでいます。

 この跨線橋を渡るのは

 100回以上でしょうか。

 今でも年に数回は

 渡っています。

 向こうからくるのは

 親子連れのようです。

 お父さんと男の子。

 
 この跨線橋を初めて渡ったのは

 小学2年のとき。

 当時

 僕は三鷹駅南口の耳鼻科

 に通っていました。

 線路沿いの道を武蔵境方面に

 少し歩くと

 この跨線橋があります。

 そのほんの少し手前の道に折れると

 通院先の耳鼻科医院がありました。

 ある日

 その帰りに

 駅のほうから歩いてくる人がいました。

 子供の目にも只者でない

 感じでした。

 長身で長髪面長の顔は

 退屈そうで憂鬱そうで

 帯を斜めに締めた着流し姿は

 何だか不気味でした。

 僕は刺すような視線で見上げて

 すれ違ったと記憶しています。

 今風に言えば異種のオーラを

 放っていたんでしょうね。

 それからしばらくして

 その人をまた見ました。

 三鷹駅の南口は

 まっすぐの大通りと

 その左手に裏通りの道が

 平行して走っていました。

 その裏通りの角に

 半分屋台の店がありました。

 そこでその人は

 コップで酒を飲んでいました。

  隣の客と話をしていました。

  シャツにベストのスタイルでしたが

 目立っていました。

 僕はまた刺すような視線を

 注いでいたんでしょうね。

 近くのスタンドの新聞売りの

 おばさんが僕の視線の先を見て

 「あの人はダザイオサム

   という作家の先生だよ」

 と教えてくれました。


  僕は小3の半ば頃まで

 通院していましたが

 太宰はそのしばらく前に

 すぐ前を流れていた

 玉川上水に女性とともに

 入水して命を絶ちました。

 
 太宰がときに立って

 夕日を眺めていたという

 三鷹電車庫跨線橋は

 防護ネットを除けば

 当時のままの姿で

 人を渡しています。