人にはみんな裏表がある

 みんなジキル博士とハイド氏なのだ

 でも

 コインの裏表のようにはっきりさせては

 世の中を渡っていけない

 表の顔が80%

 裏の顔が20%

 それでバランスよく世の中を渡っていける

 それが逆だったら犯罪者だ

 
 私には裏がないと言ってる人がいたらそれは嘘だ

 この世の中は少々の裏がないと生きていけない

 赤ん坊は無垢で裏も表もない

 成長するに従い知恵をつけていく

 この世を生きていくのだから

 きれいごとの知恵だけでは通用しないところもある

 清濁併せた知恵でなければ通用しない

 
 そこで誰かの裏を知りたかったら

 自分の裏を見つめてみよう

 シビアに思い切って

 自分の裏が見えてくるはずだ

 その誰かとビジネスの話を進めるのだったら

 その人の裏を忖度しながら

 自分の裏を出して折り合いをつけていく


 20%の自分の裏は人生の強力な武器になる

 人の裏も受け入れて

 言い人生を築いていこう

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子供の頃から汽車が大好きだった
小学高学年の頃は急行停車駅まで電車に乗り
汽車を見にいった
まだSLが停まっていた
未知の土地へ行きたくて
SLが蒸気を噴き上げると
矢も盾もたまらず
客車に入った
途中で心細くなって
2つ目の急行停車駅で降りて引き返した
検札がきた
切符は?
と訊かれた
今はなくなったが
当時は国鉄職員の子供なら
無料通学パスが出た
それを出した

これじゃ乗越しの往復運賃と
急行券がいるんだよ
お金は?

持っていないの

しょうがねえなあ
もうやっちゃ駄目だよ

笑って見逃してくれた

汽車の旅は
行先をはっきり決めずに乗ることができる
降りたい駅で精算して降りればいい
戻ってやり直しもできる
すれ違いで生まれるドラマも起き得る
飛行機の旅には自由がない
乗ったら途中で気が変わっても
乗り換えはきかない
矯正が生じる旅である
汽車の旅には
人生の気ままな部分と大いに重なる
新幹線の旅はやや不自由になったが
それでも行先変更ができる
SLの旅で窓を開けて
釜めしを買う贅沢をまた味わいたいが
それは郷愁に過ぎない

現代のキーワードは不自由だ


 小学6年のとき


 冒険気分が味わえた遊び場がなくなることになった


 我が家から500メートルほど離れたところに


 放置された小牧場があった


 松の木が多い敷地の多くは藪化して


 牧草が混じった草地には


 牧場を突っ切る自然の近道ができていた


 外れにあった木造の厩舎は改造されて


 数家族が住居にしていた


 子供達にとって夏は虫取りの地で


 藪をくぐっていくと蛇がとぐろを巻いていた


 飛び出してきたイタチが


 僕らの頭上をジャンプして越えていったときは


 たまげて尻餅をついた



 怖かったのはコンクリート製外壁の上部に


 鉄格子に守られた小窓のついた家だった


 実は牛を処理したところ


 昔風に言えばトサツ場である


 子供達の間では牛の亡霊が棲んでいると噂された


 何人かではしごを担いでいって


 外壁にかけ1人ずつ交代で小窓から覗き下ろした


 「いたか?」


 と訊くと みんな無言で首を振った


 無論 僕も覗いたが


 薄暗くて様子が解らなかった


 でも 陰気で何とも言えない不気味な気配があった


 その遊び場が更地になった


 都営住宅ができるということだった


 その工事が始まって多数の人骨が出てきた


 そのことを僕は我が家で購読していた新聞で知った


 (土地の古老の話によると、


 この地域では明治初期に疫病がはやり


 多数の死者が出た。


 その遺体を当時荒野だったこの地に埋めたと言われる。)



 古老ってどのくらいの年齢なのか


 僕は父に訊いた


 「60代か70代かな」


 1950年代初頭のことで


 その頃の僕にとって60代70代は


 気の遠くなるような年齢だった


 腰が少し曲がり杖をついて歩く人の多くは


 まだ50代だった


 長寿高齢化社会になって


 90代で現役の人も稀ではなくなった


 古老はどこにいるのだろう


 データベースからは窺い知れない知識と


 体験を持つ貴重な古老は探せばまだまだいるに違いない


 例えば戦争体験を持つまだ元気な90代は貴重な古老だろう


 充分にその知識と体験を吸収すべきである


 小中高に在学の年若い人に提案したい


 貴重な古老を身近に探してその持てるものを


 貴い情報として収集しよう


 みんなの曾祖父母の方々でもいいではないか

 


 



 


 


  

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