ストレス社会なんだね。

 先日某駅で改札係にクレームをつけていた人がいて

 ほんの少し耳を傾けていたら

 トイレに入っている間に電車が行っちゃった

 と言って

 「10秒発車が早かったんじゃないか」

 とクレームをつけていた。 

 まっ 半分冗談で

 どちらも笑っていたけれど。

 最近は酔っ払って駅員を殴る奴も多いんだと。

 僕らが若いときには聞いたこともないねえ。

 少しはあったんだろうけど。


 商品や 接客態度に難癖をつける

 いわゆる悪質クレーマーが増えているんだってね。

 昔はチンピラみたいのがカネを出させるために

 饅頭に爪の切れっぱしを混入して

 どうしてくれるんだ

 なんてやってたな。

 でも 今は一般人がクレームのためのクレーをつけている。

 本当は他に辿り着きたいところがあるのかもしれないけど。

 きみのほうに非があれば誠心誠意謝る。

 非がなくてもその根拠を話し

 誠心誠意謝る。

 延々とクレームが続いても

 誠心誠意謝る。

 だけど クレームの言はまともに聞いていたら

 頭がおかしくなるだろ。

 歌だと思って聞く。

 そういう歌詞のラップだと思えばいい。

 歌詞だから耳に入る。

 「人の話を聞いてんのか?」

 なんてやってきても覚えてるよね。

 何を言われたかを大体答えて

 また誠心誠意謝る。

 「上の責任者を出せ」

 とクレーマーが言ったら代わってもらう潮時だよ。

 そこではきみがクレームの責任者だったら

 その立場であることを明かして

 誠心誠意謝る。

 一種の根競べになる。

 クレームの域を超えて営業妨害だと判断したら

 低姿勢な態度は崩さず毅然とその旨の応対をする。

 手を出してきたら1発殴らせて

 後は防御に徹しよう。

 これはもう警察沙汰でいいから。


 いずれにしても忍耐の問題だ。

 人間性の勉強にはうってつけだから

 忍耐しながら学んでいくことだ。

 きみの将来を豊かにするはずだから。
 

 


 

 


 周りを見ても何にもならんだろ。

 みんなそれぞれとりえを発揮して励んでいる。

 どの人のとりえもその人特有のものだろう。

 だから

 きみが誰かのとりえを気に入って

 まねようと思ってもうまくいかない。

 その人その人のとりえはね

 努力の集積なんだよ。

 自分も何かとりえを持たなきゃ

 と思ったときに人は前を向く。

 もっと簡単に言えば

 やる気を出したときに

 きみのどこかに潜んでいたとりえがうごめくんだ。

 だから

 何をとりえにするかじゃないんだよ。

 うごめいたとりえをこれだと直感し

 それを磨いていく。

 自分にはとりえがないと卑下しているが、

 あるんだけど

 肝心の宿主のきみがやる気を出さないから

 とりえは寝ているんだよ。

 きみのとりえが何かは解らない。

 周りを見ずに自分ができることをやっていこう

 と腹が決まったときに

 きみは自分のとりえ原石を悟るだろう。

 後は磨いていけばいい。

 それだけのことなんだよ。
  


 きみが男でも女でもいい

 誰かに容姿のことで中傷されて

 傷ついたのだったら

 当たりと思う気持ちが

 どこかにあるからなんだよ

 それまでも

 自分の容姿はよくない

 という自己暗示があって

 中傷されたことで

 さらにそれを増幅させて

 自分の容姿は大変悪い

 と思い込む

 これはよくないなあ

 すべてに自信を持てなくなるもの


 人の容姿にいい悪いの基準はないの

 お雛様なら目鼻立ちにも着衣にも

 規格があるだろうね

 でも 人の容姿は人それぞれなんだよ

 それぞれの容姿がそれぞれ1番なの

 ミスコンだとかミスターコンだとか

 軽々しいイベントがあってね

 これが美人 これがイケメンなんて

 規格作りに精出しているから

 惑わされちゃうかもしれない


 何かで名を成した人たちに

 まとめて会えば解る

 みんなそれぞれの容姿で

 みんなオーラを放ってる

 みんながみんな一番なんだよ


 解ってくれたかな

 きみは一番なんだ

 誹謗中傷は

 きみの秘めたオーラに対する

 やっかみに過ぎない

 さあ 

 一番よ 頑張ろうじゃないか

 鬼に金棒の金棒を持とうか

 何か一芸に秀でようや

 これは研鑽しなきゃ駄目だけどね

 自信を持て

 鬼に金棒になろうや 

  

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