5月31日だってさ。
会談て何をやるのかと思ったがけど、
アジア系住民への憎悪犯罪、つまり、ヘイトクライム等について論議するんだってよ。
どうかなぁ、政治に利用されんなよ。
今や世界中にいるBTSフアンは、素敵な歌を歌って欲しいし、
キレッとしたダンスを見たいんだよ。
心のモヤモヤを吹っ飛ばしてくれて、胸張って生きていいんだ、
元気にやろうぜ、とそういう気持ちになりたいんだよ。
できれば、生のライブに参加してさ。
コロナ禍はBTSの世界を股にかけた活動にも大きな影響与えたと思うね。
でも、それでも世界中のフアンは待っていたんだよ。
コロナ化が収まればまたBTSが目の前に戻ってきてくれる、と。
コロナかもそろそろ峠を越えて、元には戻らないところもあると思うけれど、
普通の生活に戻ろうという気持ちが大きくなったところに、
ホワイトハウスで会談じゃ少しシラけるんじゃないのかな。
俺らもそうだけど、7人それぞれの個人についているフアンも、
みんな裏切らないフアンだからドッチラケにはならないけれど、
小首ぐらいかしげるんじゃないの。
BTSよ、ジンくんよ、
歌や踊りまでが権威にこびたものになるとは決して思わないけどよ、
本来の新鮮で生き生きして弱いものに優しい BTSの本道を忘れないでくれよ。
みんな賢いから忘れっこないと思うけどな。
日本でもまたどんどんライブをやってくれ。
俺は 1歩も歩けねぇ車椅子ユーザで、
体調も思わしくないのでライブには駆けつけることができないけど、
画像を見ながらイメージを膨らまして本物のライブのように聴き、
視ることはできる。
おおいに楽しみにしているよ


 4教室の分校は4年までだったんだよ。
周りは麦畑、サツマイモ畑が多かった。
4年になってから、僕はちょいちょい寂しい思いに囚われた。
それについては後で触れるので、まずは当時の分校生活の一端を知ってもらいたいのよ。
僕の机は運動場に面した窓際にあった。
麦踏みの季節になると、麦畑では農家の家族が列を作って麦踏みを行うんだ。
あれには独特のリズムがあって、
のどかな田園光景の中では少しばかりユーモラスな田踊りを見ている感じだったかな。
見ているると眠気を誘われるのよ。そういうリズムだったんだね。
うとうとしてきて、このまま眠ってもかまわないや、と開き直ろうとしたときに、担任の先生の授業の声が大きくなった。眠気が吹っ飛んだよ。
あるとき、担任が出席をとって、僕の前の席の同級生のシマダくんのところまできた。
前の席は空席だから、もちろん返事はなしだった。
「シマダは遅刻かな。そうか、半分休むと言ってたな」
担任の先生は窓際へ歩いて、やや南西の麦畑を見た。
家族5人が麦踏みを行っていた。リズムがしっかり合っていた。
その最後尾はぶかぶかの麦わら帽子をかぶり、
手ぬぐいで鼻から下をおおっていたが、いちばん小さいし、
遠目でも体つきからシマダくんだと分かった。
(そうか、麦踏みが終わってから登校してくるんだ)
と、僕はうなずいて少し羨ましかった。
さてと、母の話に入ろうか。
我が家では去年の春先からメンドリを 3羽飼い始めた。
卵を生ませて一家で食べるためだったのよ。
メンドリのそれぞれが1個ずつ生んで三個のときもあるし、2個のときもあるし、
たまに1個だけの日もあった。
週に2回は卵焼きの弁当だったんだぜ。
でも、そのとき卵がないと生んでから母は卵焼きの弁当を作ったんだ。
午前中の授業が終わって、いいタイミングで窓の外から、
「はい、お弁当」
と、渡してくれた。
そのうち、目敏い同級生が、
「おい、シモダのお母さんが弁当を届けにきたぞ!」
と、叫んだ。
母が運動場を斜めに横切って、僕がいる教室に向かってくるところだった。
ちょっと恥ずかしかったな。でも、半分は得意だった。
母ちゃんの作る卵焼きは甘かったんだよ。
僕らの分校は完全給食ではなくて、
黄色じみたところがあって、とてもまずかった脱脂粉乳が給食だったのよ。
東京といっても当時のわが家があった地域は、
駅前の商店街を除けば畑と雑木林が島のように残るひなびたところだった。僕
はまずいまずい脱脂粉乳我慢して飲み、その他にPTAのお母さん方が交代で学校にきて作ってくれる味噌汁が出た。
子供のときの僕はニンジンが大嫌いだった。
それが具に使われただけで給食係が机の上に乗せてくれた味噌汁を、
そっと窓の外にこぼして捨てた。
母は知らなかったろうな。
僕の席がある窓の外は前の日にこぼした味噌汁が、
土の上で干からびていたんだけどな。
年が明けて分校から本校へ移る日が次第に近づいてくる。
明日は分校での学年修了式がある日、
僕はとても寂しい心地になって授業はあまり頭に入らなかった。
この日が分校最後の授業の日だったのにな。
午前中の授業が終わっても、
僕は机に頬杖をついて考えごとをしていた。
「シモダのお母さんがきたぞ!」
誰かが叫んだ。
そのときには母はもう弁当を僕の前に突き出したところだった。
「4月から本校へ行くんだね。母ちゃんが卵焼きのお弁当を届けるのも、
 これが最後になるからね」
「うん」
僕は無愛想に受け取った。
「じゃ」
母は言葉少なに言って僕に背を向けた。
その直前、僕は母の目が潤んだのを見逃さなかった。
母はいつにない早足で運動場を斜めに横切っていく。
その母に小声でつぶやいた。

母ちゃん、ありがと。



国会中継を聞いていたら質問者の口から認知戦という言葉が飛び出した。
ウクライナで行われている戦争でロシアは、
この認知戦を大がかでに仕掛けているという。
戦争における戦場は陸、海、空、宇宙の 4戦場のほかに、
サイバー空間、認知空間の2戦場が加わっていると言われる。
ロシアは新聞、テレビなどの従来からのメディアに加えて、 SNSのあらゆる手法を通して自国に有利、ウクライナに不利の情報を撒き散らし、
世界世論を味方につけようと心がけているのか。
熱心に自国に有利な情報を撒き散らしているように感じられる。
明らかなフェイクも多くまじるようだ。
それはともかくとして、我々1人1人にとっても日常生活のなかで日常生活のなかで認知戦に巻き込まれている恐れがある。
SNSが身近になればなるほど、我々は何者かが仕掛けた認知戦の罠にはまる可能性が高いと思っていい。YouTube 1つとっても恐ろしいほどの本数がSNS内を徘徊している。
一体、SNS内を融通無碍に飛び回っているコンテンツは、
どれほどの数にのぼるのだろうか。
そのそのうちのどれほどの数のコンテンツが怪しいものかどうかはわからない。
しかし、発信者に悪意はなく、また、特異な内容であっても、
社会常識で見れば偏ったものがある。
問題なのはそういう内容のものを、マジに信じ込んでしまう人がいることなのだ。
社会的には健全な言動をしていた人が、
ある日を境に突然社会常識で言えば唐突にして偏った言葉を使うようになる。
SNSを通して得る情報があるときから偏ったものばかりを選択するようになる。
そうして知らぬ間に洗脳されたことと等しい状態になる。
問題はその偏った情報発信する側が意図的に、社会常識からすれば犯罪に近い効果を狙ったものではないか。
そのように考えると、いつ自分も知らず知らずのうちに洗脳されるのではないか、
というおののくような心地に襲われる。
自分が発信したブログへの誹謗中傷どころではない。
知らないうちに虚偽の認知を刷り込まれてしまうのは、
恐怖の極致で戦慄するしかないだろう。
これはもう自分個人に対する認知戦を仕掛けられたものだと思って言い過ぎではない。
我々のこれからは誰もが見知らぬ何者かや、組織によって認知戦仕掛けられている可能性を高く見て誤りではない。
認知戦に負けて虜にならないよう我々は意識して判断力を磨く必要がある。
SNSの闇のようなジャングルに迷いこまないよう、
認知戦争を仕掛けられていることを常に意識しようではないか。

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