月別アーカイブ / 2018年08月

何かを探していたんだけど
ふとした拍子に忘れてしまった
よくある話だ
後ろ向きに戻って見ても
部屋中を見回してみても
思い出せない

ぼんやりとそこだけが
抜け落ちてしまってる
気になるんだけど
忘れる位だから大した事じゃ無いのかな…
必要な事ならまた思い出すねきっと…

でもそれきりずっと思い出せなくて
気が付いたんだ
思い出せないんじゃなくて
思い出したくないのかも知れないね…

たぶん
忘れ物じゃ無くて
忘れたい物だったんだ

だったら
無理して思い出さなくても良いよね…?

仕事を辞めてから、自分では大丈夫と思っていたのに、予想以上にこたえていたようだ。
いつまで経っても蝉の脱け殻は脱け殻のままで、役立たずは役立たずのままだった。

そこに大雨災害がおこった。
私が今いる場所は、川の反乱も土砂崩れからも、何の心配も無く、食べ物にもライフラインにも困ることは無い無事な場所だ。
でも、テレビをつけると、色々な場所で大変な事が起こっていた。
知っている地名が、次々と避難勧告を出され、避難を呼び掛けられている。
町を護ってくれるはずの堤防は決壊し町を飲み込み、土砂崩れに流され押し潰された家々が、跡形もなく土塊の中に埋っている。
救急車やパトカーや消防車のサイレンがここに居ても聞こえる。
一人不安で怖くて、でも耳を塞ぐことも、テレビから目を反らすことも出来なかった。
時間が経つ毎に、死傷者や行方不明者の数は増えて行く。
胸が張り裂けそうで、涙が流れ続けた。
翌日になりやっと、被災地に近い友人が居ることに気付き、連絡をとった。
みんな無事だった。
それでも、テレビから流れるニュースや映像から目を離すことは出来なかった。
無事に発見救助される人を見ては安堵し、なお増え続ける死者や不明者に、胸が痛み涙が流れ続けた。
遺体で見つかった家族にすがって泣く人、この惨状の中から遺体が見つかった事に感謝し泣く人、家族が見つからず、自宅が有ったで有ろう場所に毎日訪れ、思い出を掘り起こしては家族を思い涙する人…。
不遜で思い上がった考えかも知れないが、神様は不公平だと思った。
必要とされている人達を、こんなにも連れて行かれるのなら、何故役立たずの私をお連れになら無いのか!
私一人の命など、何時でも差し出せるのに…。
無自覚だが、既に病み始めている。

暫くして私は、ブログの災害に関する記事を読みリブログをし始める。
目に入る物は手当たり次第にリブログして行く。
それだけでは足りず、Twitterから情報を探し、ブログにあげ始める。
どれだけの人が読んでくれるかも分からない、どれだけ役に立つのかも分からない。
でも、何かしていないといられなかった。
テレビをつけると嫌でもニュースが目に入る。涙は枯れない。
また少し病みが深くなった。

だけど、ありがたい事に、フォロワーさんの中に、私を心配してくれる友達がいた。
叱ってくれる友達がいた。
私は人に恵まれている。

そうこうする内に原爆の日、終戦記念日がやって来た。
両親が被爆者の私には平静でいられない時期でもある。
まだ気持ちの波立ちは、時おり私を襲ってくる。
情報を探さずにいられない時がある。
それはきっと、自分は役立たずではないと思いたいだけなのかも知れない。

でも、少しずつ心は落着き始めているようだ。
心配し、叱ってくれた友達のお陰だと思っている。
ありがとう。

だから、もう少しの間、お休みします。
皆さんの記事は読める時に読ませて頂きます。
まとめて良いね💓が付いていても、許して下さいね。

長々と失礼しました。

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