月別アーカイブ / 2019年03月

「待ち得て今ぞ時に逢う 待ち得て今ぞ時に逢う 関路を指して急がん」
皆様ご存知の「積恋雪関扉」通称「関の扉」の置き浄瑠璃。
三味線の伴奏がなく、浄瑠璃だけが独りでお囃子さんと共に歌い始めます。歌い始めの音をガイドなしに歌うところ、我々浄瑠璃語りが心を砕く部分でもあります。

江戸時代、天明四年(1784年)の初演に「重重人重小町桜」という長い長いお芝居の切幕に上演された「積恋雪関扉」のオープニングにぴったりの「大変長らくお待たせしました」とでも言いたげな作詞がお客様のハートをつかむのですが、実は語っております私のハートも鷲掴みにされております。
「積恋雪関扉」は常磐津の中でも一番の大曲。数多くいらっしゃる常磐津の太夫さんたちの中でも、一生のうちに全段を歌舞伎で語る機会を得られる人はほんの僅か。私なんぞにそのチャンスを頂けたことに心から感謝を込めて語らせていただいております。

公演もあと4回を残すのみになりました。
この置き浄瑠璃、今度は何年後に上演されるでしょうか。その時、それはもう私のお役目ではないかもしれません。心して残りの舞台を勤めたいと思います。

国立劇場歌舞伎公演も中日を過ぎ、後半戦です。

ここで積恋雪関扉の歌詞の解説をちょっと。


この演目は上下に分かれている構成です。

上の段は、小町姫と宗貞の恋物語を中心に描かれ、下の段は桜の精、墨染と関兵衛実ハ大伴黒主の争う場面がハイライト。

上下の区切りは宗貞が小町姫を見送り、黒御簾で本釣がコーンと鳴るところです。


その下の段、関兵衛が本性を現し、盃の中に映る鎮星(土星と言われています)を見て天下を狙う好機到来と、護摩木にしようと桜の木を斧で切ろうとするところ、桜の精の通力が現じて懐の勘合の印を吸い寄せ、さらには関兵衛を陶酔させてしまいます。

さて、関兵衛が陶酔している場面、舞台が薄暗くなり、桜の木から墨染が姿を現します。「幻か 深雪に勝る桜影 実に明日には雲となり夕べにはまた雨となる 巫山の昔 目のあたり 墨染が立姿」と常磐津が語ってゆきます。

この歌詞の原典は中国の「高唐賦」の「巫山の雲雨」という話を引用したもの。

楚の国の懐王が昼寝の夢の中で巫山の神女と契り、やがて別れなければならない時が来たとき神女が「会いたくなったら朝には雲に、夕には雨になって会いに行きます。雨や雲を見たら私を思い出してください」と言ったことによるものだそうです。

ロマンティックですね。

この墨染という桜の精が宗貞の弟、安貞と契りを結んでいたことと巫山の神女が人間の王と契りを結んでいたことを結びつけての作詞というわけです。

皆さんも彼や彼女としばらく会えなくなるようなとき、別れの挨拶をするときに使ってみてはいかがでしょうか?

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