月別アーカイブ / 2017年02月

こんばんは。



僕です。





春の匂いがしました。





夜中です。





つまり、夜通し誰かと話したくなるような、そんな匂いです。









新しい文化や環境に身を置くと、人は4つの段階を経験するそうです。




はじめは、喜び。


見るもの触れるもの、全てが楽しい。




次に、後から来た者に対しての傲り。



3つ目は、すべてに対しての不満。





4番目の段階になって、ようやくその文化を自分のものにできる、だそうです。






何となくわかるなぁ。






「アカペラ」や「音楽」というものに対して、多分僕は2つ目と3つ目の間を行ったり来たりしてるくらい、だと思う。





少なくとも、触れるもの全てが楽しい、という段階は終わってしまった、かな。




一応15年、アカペラで遊んでいる。





確かに、不満に思ったり、不便に思ったり、それは多い。






でも続けている理由の一つに、「始めた頃の貯金」があるように思う。





歌うだけで、声を出すだけ重ねるだけで楽しかった頃のこと。



その頃の喜ばしい気持ちや体験は、今でも自分の心の中でキラキラと輝いていて、


僕の財産として、「アカペラ」というものを僕にとって「かけがえのないもの」たらしめてくれているのだと。







そのことは、世の「最近アカペラ始めた人」に知ってほしいな、と最近思う。




それくらいに、楽しいし、楽しめるものだと僕は思う。






娯楽を味わうには、何においても技術も作法も必要なもんだと僕は思う。




何もなしにただ楽しいものなんて、多分本当の娯楽じゃない。




そこを面倒くさがる人が、あまりにも多いように思う。







ただでさえ時限のある「人生」の中で、



楽しむことの一つか二つに貪欲になれないなんて、



ちょっと、逆にどうやって均衡を保っているのか教えて欲しい。





僕は生きているだけで不安だし悲しいし、


その中で楽しいと思うものに出会えて本当に良かったと思う。



出会えなかったらマジでヤバかったと思う。






面倒くさがられるけど、そんな奴は知らねえよ。


面白がれる仲間が確実にこの世に多数存在することも知ってる。






世の面倒くさい連中よ。



立ち上がろうぜ。








そんな変なテンションの夜更け。






春が、強く強く窓を叩きます。


うれしいなあ。うるせえなあ。




寝る。






じゃ。








けい

こんばんは。




僕です。





ゼロ、という、数字。


他の数字に比べて、出来たのが遅い、という、よく聞く話。



物を数えたくて作った道具だもの。

「0個」はたしかに、示す必要が無い。




数字の0の、漢字はご存知ですか。



零、と書きます。


飲み物なんかを「こぼす」の「零れる」ですね。

零してすっかり無くなっちゃった、って意味なのかと思ったら、


意外や意外、零れた「しずく」の形が、数字の0に似てるから、だそう。



なんかすごい微妙。

ゼロも水滴も、何だか不憫。





在る、ってのは、それだけ自然なことなんでしょう。きっと。




無くなっちゃった時のことなんてきっと、あんまり考えないのが、自然なんだと思います。



よくある「今あるもの全てに感謝しましょう」的なやつは、

素敵な発想だけど、かえって全部が堅苦しくて疲れてしまう気がします。




自然に、在りましょう。


珍しくたっていいじゃないですか。



「珍しいものが在る」は、自然なことでしょ。多分。




「無い」は、自然じゃないです。

「無い」は、特別です。

悲しいです。

特別悲しいです。





在る、は、特別じゃないです。



嬉しいことは、別に特別じゃなくてもいいんじゃねえかと、僕は思います。



在ってください。




話はそれからです。



在るだけでいい、かどうかは、まだわかりませんが。


無いよりは、ずっといいです。



無いのは、ゼロです。

ゼロは、基準値じゃないです。

ゼロは、良くないです。





在ったら、1です。


1が、触れるものの基準値です。


1だけ、在ってください。

自然で、とてもいいです。


僕からのお願いです。





けい

こんちは。


俺です。





昨日の夕方、友人のバースデーライブに遊びに行きました。




僕がまだJARNZΩに入る前、ウダウダしてた頃によく一緒にライブしてたバンドが出演してました。


その頃のことを色々思い出しました。





当時僕は、どちらかと言えば彼らに対して憧れを感じてる側だった。


もう5年も6年も前になるのかな。

彼らは間違いなく、「活躍」してた。




一方俺は、そんなでもなかったんだよなぁ。


でもあの頃からずっと「プロになりたい!」って思ってたから、
ステージでキラキラして、みんなからも慕われてる彼らに対して、僻み根性は間違いなく働いてたと思う。笑



そうこうして、俺がJARNZΩに入るのは24になってから。


昔からアカペラは「大学生のもの」だから、そのころには同じ歳のみんなはステージから離れてたんだよなぁ。



未だに歌ってる、奇特な先輩方ももちろんいるけれど。笑


やっと俺の番だ!って思ったのに、勝手にライバル視してた連中はだいたい居なくなっちゃってて、
なんていうか、そのときの変な喪失感は今でも覚えてる。



もちろん、そこと争うためにステージに立ってるわけじゃないんだけど、
でもなんか、やけに悔しかったんだよなぁ。





久しぶりに見る彼らは相変わらずキラキラしてた。




そりゃ、演奏のクオリティは現役当時には劣ってたかもしれない。




そういう意味では、その頃を知ってる自分を、単純に幸せだと思った。




向こうからすれば、ライバルとも仲間とも友達とも思われてないかもしれない。

正味そんなもんだった。当時のアタシは。笑





でも、だから頑張ったとこはあるかも知れない。

っていうか、今でも頑張れてる部分もあるあもしんないなぁ。笑




とか考えながら、少しドギマギしながら「ごぶさたー」なんて声をかけたら

「わー岩城さん久しぶり!」って、キラッキラした笑顔で言ってくれるみんなを見て、




ああ、なんか、俺に足りないのはこういうトコだなーって、


28にもなって、人との関わり方を反省した次第でした。笑





久しぶりに会う人が元気だと、それだけで嬉しい。


そう感じてしまう年になってきたこと、
そう感じられる自分になれたこと。


色々考えた昨晩でした。笑





さてと、リハに行きます。







くまちありがとね。







けい

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