月別アーカイブ / 2016年10月

こんばんは。





僕です。








お風呂上がりが寒くなって参りました。





明日からさらに寒い町に向かいます。







5ヶ月ぶりの札幌です。





15日はお昼に、4プラ音楽処でミニライブ。


16日は、わくわくホリデーホールでThe Voxにゲスト出演。




お近くの方は是非。










すごく寂しくなる時があります。




札幌という街について。







JARNZΩが生まれた街。




札幌の皆さんは、とても暖かい。




僕も札幌で生まれ育ったんじゃないか。



そんな錯覚すら、抱く時があります。










ずーっと前に、ブログに書いたこと。



覚えてる人なんて、あんまりいないだろうけど。








札幌から東京にきたJARNZΩが、僕を連れて初めて札幌に帰ったとき。





僕は、JARNZΩにとって、JARNZΩを応援してくれる人にとって、



圧倒的に、「東京」でなければいけない、と思った。


東京に出るという「挑戦」をした彼らと共に帰る以上、


「東京でカッコよくなったJARNZΩ」の、象徴でなければならないと。








いま思えば、考えすぎだったかもしれないし、もしかしたら、甘かったのかもしれない。





いずれにせよ、札幌の皆さんは、暖かく迎えてくれた。



とても嬉しかったのを覚えている。
















いまJARNZΩは、もはや東京という枠すら飛び越えて、



音の、声の、新しいカタチを探す旅をしてる。



他の何物でもない、JARNZΩのカタチを求めて。










JARNZΩがJARNZΩであるために、僕らはもがいている。





それはひょっとしたら、見た目に格好のいいことではないかもしれない。









自分達が、自分達であること。


それは必ずしも、同じことを続けること、ではないのだと、僕は思う。





自分であり続けることは、進み続けること。



進めば進んだだけ、景色は変わっていく。









東京で、JARNZΩが、どれだけ進んだかはわからない。

進んでいるのかさえ、自分たちではわからなくなったりもする。




自分が信じた次の1歩を踏み続けるしかない。




自分が自分であるために。













明日、JARNZΩが、札幌に帰ります。







けい

こんばんは。




僕です。







今朝家を出るときに「うわっ、あと十日で年取っちゃうじゃん、うわっ」って、なんかすごくウンザリしてしまいました。




そして、「年取るのを喜べない自分」に、さらにウンザリしてしまいました。




もうそんな歳?いやーん。





とはいえ、今年は誕生日にライブ出来るのが、とても楽しみだったりもする。





それがこれだぁ。

JARNZΩ Go ahead !! Six months Live 5th


【日程】
2016年10月22日(土)

【場所】
TSUTAYA O-nest
(渋谷区円山町2-3 6F )

【時間】
open/start
18:00/18:30

【出演】
JARNZΩ
TRIPLANE


詳しくはこちら





なんだか物寂しくなる、という理由であまり好きになれない秋。



その中でキンモクセイの香りと並んで、数少ない楽しみであるはずの自分の誕生日。



その誕生日が嬉しくなくなっちゃった日にゃアンタ、

俺は生きていかれないよ。





ってことで、遊びに来ておくれ。



んでは。






けい

こんばんは。





僕です。





相も変わらず、音と戯れる。




演奏する時は、声ばっかり。



家で戯れるのは、コンピュータが鳴らす楽器の音のニセモノ、が主。




音にも性格がある。


いわゆる「音色」ってやつ。


同じドレミファソラシドを鳴らしても、楽器が違えば、当たり前だけど全然違う。




よくよく付き合ってみると、第一印象と違うってことだって、よくある。




固くて攻撃的な音だと思ったら、合奏の中じゃどこにいるのかわからなくなる音もある。


柔らかくて優しい音なのに、他の音と調和する気のない奴もいる。





扱いにくいやつらだ。


でも、だからこそ上手く使えた時はうれしい。


よくよく付き合って、そいつの性格をよく知れば知るほど、付き合いやすくなる。



お気に入りと、そうじゃないやつも出てくる。


困った時はコイツに頼る、みたいな音も出てくる。



でも、何回やっても思うのは、


第一印象だけで判断するのは、やっぱり良くないってこと。



そいつの失敗例より、成功してくれた時のことを覚えておくと、次も使いやすいってこと。



何より、自分の好きなやつだけ集めても、自分の好きなものは出来ないってこと。


そうでもないやつも使って、好きなものが出来上がると、


そうでもなかったやつのことも、好きになれたりする。


自分の世界が広がる瞬間。


また裏切られたりもするんだけど。



音ってのはなんとも、扱いにくく付き合いづらい、それでも離れられない、

なんかそんな、そんな関係です。僕とは。




その点、人間はいいよ。



あっちの言い分を聞くだけじゃなく、 こっちの言うことも聞いてもらえる。

視覚やら、聴覚やら、触覚やらで、色んなことを伝えあえる。


何より、成功した時に、一緒に喜べる。



ただ、お気に入りとばっかりつるんでると、お互い世界が狭くなったり

そこは、音と変わんねんだなぁ。



あと、こっちが好きでも向こうがどう思ってるかわからない。

そこは、音より面倒なんだなぁ。




でも、嫌いが好きにひっくり返った時の面白さは、

音のそれとは、比べ物にならんのよなあ。




人はいいなあ。


音もいいなあ。



人と音鳴らしてる俺は

随分幸せだなあ。





おしまい。





けい

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