月別アーカイブ / 2016年03月

5年前の今日、日本で何万の大事件が同時に起こった。








昨日も今日も明日も、どこかでは大事件が起きてるし、違うどこかでは、日常が流れてる。









日常を過ごすことに罪悪を感じる必要は、きっとないと思う。


身近で起きた大事件を、無理に自分のせいだと思う必要も、きっとないと思う。



自分の事件そっちのけで、誰かの大事件と、無理して向き合うこともないと思う。









手の届くところに困ってる人が居たら、そのときはね。

差し伸べられる人でいたいですね。


小学校や、その前に教わったことですね。











「大事な人」って言葉がこんなに素敵なのは、

「そうじゃない人」が居るから、なのかも知れない。




全ての人のために生きて行けたら、それは素晴らしいことだと思う。


でも、見える世界にも、自分の命の時間にも、残念な事に限りがある。


それを自分で責めたり、ましてや他人のを責めたりしても、何にもならないでしょ。









知ってる世界を少しずつ広げつつ。

そこかしこで日常と事件を繰り返す「自分の人生」を、一生懸命過ごしましょう。










震災を忘れない、って、

遠くで亡くなった人がいる、だとか、

辛い思いをしてる人が居る、だとかっていう

「事実」を忘れない、ってことじゃなくて、




そういうことだと、思うんです。




こんばんは。




僕です。











けい

おはようございます。






僕です。










久々に乗り込んだ、この時間の電車。



混んでるねー。





見渡す限りお父さん。





お父さん、お父さん、お父さん、女子高生、お父さん、お父さん、OL2人組、お父さん、お父さん、お父さん。







この世のほとんどはお父さんなんじゃないか、という仮説が、いよいよ真実味を帯びてくる。







然らば、お父さん達を元気にする私でありたい、と強く願う。





とはいえ、自分のような若僧に何が出来るだろう。






色々考えたけど、すぐ出来そうなのは

・娘が最近優しい。

・妻が最近優しい。

という状況を作ることな気がしてきた。






いやそりゃもちろん

・最近流行りの何とか云うアカペラの曲を耳にすると血が滾る思いだ



ってなったら最高なんだけどね。




「頑張れ」って言うのだけが「励ます」じゃないんだってことかな。









うつとか、気持ちがお疲れ様な人に「頑張れ」って言うのは良くない、と聞く。


じゃあどうすりゃいいのか。



基本的には「一緒に楽しいことをする人になる」がいいそうだ。


問題と直接的に関係のないことで、気を紛らす効果と、

ポジティブの「切っ掛け」を掴む効果、同時に得よう、と。





ただこの「一緒に~なる」ってのが、実は割と曲者だと僕は思う。



1回や2回では、あまり意味がないのだ。





不変の物として、普遍の物として、

「楽しい」がそこにあるかどうか。





これは気持ちが疲れてるかどうかに関わらず、

生活を心地よく感じるかを左右する物だと思う。





質量のある物が、時計が進むごと壊れていくものである以上、

不幸や災難は、そこら中に転がっているものだと思う。

それこそ、不変で、普遍の物として。







だけど、不幸や災難が当たり前の物であるからこそ、

人の心は、そういった物から自分のことを守れるように、出来てるはず、だと思う。



時には、他の誰かの心の力を借りながらでも、



むしろ、当たり前の物として、借りながら、貸しながら、

壊れていく恐怖と戦って、笑って。

人間らしさとは、そういうことじゃないかと思う。







お父さん達が格好いいのは、


彼らの戦いが、誰かの心を守っているから、なのかも知れない。


どうか戦士達のそばに、不変の楽しみが存在していてほしいと強く願う。



家族の存在、趣味の存在、なんでもいい。



その中に、僕達の歌が、


不変で、普遍の楽しみとして、

在ることが出来たらなあ、なんて、



ひたすら壮大に、だいそれたことを考えたりするんだけど、





さて、あそこに居る女子高生には、


ひょっとしたら俺も、お父さんにカテゴライズされてんのかね



こんな大荷物だから



逃走中のお父さんだと思われてんのかね








うるせえ、岩手に行くんじゃい。




楽しみを届けにねえ。









ちょりーす。










けい

こんばんは。



僕です。








3/3で、JARNZΩのメンバーになって3年が経ちました。




もう3年、のような、
まだ3年、のような。



3年間で実に色々なことがありました。

ホントに、濃ゆい3年間でした。笑




大変なこともありました。

その度に、メンバーや、応援してくれる皆さんと、一緒に乗り越えてきたと思っています。





JARNZΩに入って最初の年は、特に厳しかった。


メンバー、ファンの皆さんとの絆が深まった1年だったとも思うのですが、


アーティスト仲間や、いわゆる「裏方」の皆さんの支えも、本当にありがたかった。




JARNZΩが辛かったあの時も、イベントに呼び続けてくれた人が居たり。



そのイベントでいつも一緒になって、新人アーティストなりの悩みとか、たくさん話した、僕のJARNZΩ加入と同じ頃に始動したグループが居たり。



そのグループが今度、活動を休止することになったり。



そんな折、また先に挙げたイベントで一緒になったり。





JARNZΩも、またもや変化の期節を迎えようとしていたり。









そういう出来事のひとつひとつを、ドラマ呼ばわりして良いものか、わからないけれど、

僕はそれなりに、重く受け止めている。





それはもしかしたら、「何かあったから」というものでなく、


人と出会うということを、もっともっと、大切に受け止めなさいよ、ということなのかもしれない。





JARNZΩに入ったことも、その後の活動も、


それ以前の僕の、人間としての活動も。




僕が僕であれたのは、どこかで誰かが、

僕が僕であることを、許してくれたから。






そのことにもっと早く気付けていたらなぁ、と、思ったりもするのですが、


気付いたのは、JARNZΩ1年生の時の経験があったからで、

そのときも、そばにいてくれた、支えてくれた、声を掛けてくれた人たちのおかげで、



そこを通ってきて、今。

4年目の今、さて、何をどうするか。





どうするかまでは分かってないかもしれないけど、


やるっきゃない、ってことは、分かってる。





プレッシャーとか、使命感とか、そういうんじゃなくて。


単に、俺がそうしたいってだけです。




異論は認めます。妨害は認めません。






やるよ。













そんじゃ。













けい

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