こんばんは。





僕です。






夜分にすみませんね。






やたら真面目なブログを書いた宮崎キャンプから早1ヶ月。



今年も残すところあとわずかとなり、先ほど東京での今年最後のライブを終えたところです。










誰かのために何かをしたい、と思うとき、


満たしたいのは、ひょっとしたら、自分の心なのかも知れない。












きっとみんな、大なり小なり、寂しさを抱えて生きてる。




小さい頃、自分はこうしたい、というのを、親に上手く説明できなくて、説明できないから理解してもらえなくて、それがやたら寂しくて、泣いたこと、きっとあると思う。


どうしたのって聞かれるんだけど、どうしたのかも説明できなくて、ますます寂しくなったりして。









大人になってもあんまり変わりませんね、多分。




うまく説明できないこと、話したくても話せないこと、理由はそれぞれ、もしかしたら子供の頃より増えてるかもしれない。



誰かの「大丈夫」って言葉が、不用意なものに感ぜられてしまって、余計に寂しくなったりして。


それが申し訳なくなって、寂しさに拍車をかけたりなんかして。





多分、多分だけどね。


大丈夫なんだろうと思うよ。







どうしたのって聞きながら、泣き止むまで待ってくれた人がいた。


あのときも、結局うまく説明できなかったけど、でも、大丈夫だった。






大人になって、そこまで心配してくれる人は減ったかもしれない。




でもきっとまた、大丈夫なんだろうと思う。




今まで一度だって、大丈夫じゃなかったことはなかったから。


いまはまだ大丈夫じゃなくても、きっと、大丈夫なんだと思う。







だから、大丈夫になるまで大丈夫だよって、頭撫で続けているような、

そんな歌を歌い続けていたいなあと、最近そんなようなことを考えています。






寂しさの理由は、ひとりひとり違うけど、

寂しいのはきっと、みんなも一緒だから。

みんなも一緒だから大丈夫ってわけじゃないけど、

きっと大丈夫。


大丈夫だった他のやつと同じように、今回もきっと、大丈夫。




大と丈と夫がゲシュタルト崩壊を始めたので今夜はこんなもんで。




あ、何か特別に寂しくなる事件があったわけじゃないんで悪しからず。



一定の寂しさは常に、ね。

それは多分、全員そうでしょう。



でも今のところ僕は大丈夫です。


んでは。







けい