こんばんは。





僕です。









もがいてもがいて、手に入れたものが、


実は大したものじゃなかった、ってなことは


悔しいですが、よくあることです。








なんとなく、「頑張ったことに意義がある」的なまとめ方をしたくなります。


実際、努力したという事実は糧になり得るでしょう。


次のターゲットへの努力の「実技訓練」であるわけですから。






さて、手に入れてしまった、大したことのない''それ''は、どう処理してやりましょう。







そもそも、''それ''が要らないから始まった話なんです。




それなのに「頑張って手に入れたものだから」とか言って、大事にしたくなるんです。






頑張って手に入れたのは、

''それ''自体じゃなくて、

''それ''は自分にとって不要なものだ、っていう情報、

でも、いいと思うんです。





頑張って手に入れたものだから大事にしたい訳じゃないのかもしれないんです。


頑張ったことが無駄になると、思いたくないわけでもないんです。

というか、綺麗事かもしれないけど、頑張ったこと自体は無駄にはならないって、

さっき言ったし、みんなそう言うんです。







そもそもの、

「''それ''を手に入れるために頑張ろう」って思った、

その時の判断を、


間違いだった、って、

言いたくないだけかも知れないんです。









その意地が、いちばん無駄かも知れないんです。








手放すことも、大事かも知れません。


離せば、違うものが掴める。



次に掴むものは、少なくとも手放した''それ''よりは、


いいものだろうと思うんです。





選ぶために必要な情報を、

先の努力で、手に入れたハズですから。









とか言いつつ、やっぱりなんだか捨てられなくて


部屋の隅っこでホコリかぶってる''それ''が、


なんだか増えてしまったなあ、なんて思うのも、


そんなに悪い心地じゃないなあ、とか思うんです。







いつかひょっこり、役に立ったり、立たなかったりするんですけどね。







そんな感じです。





本日は以上。








けい