こんばんは。







僕です。







先週末、行ってきました歌ってきました金沢アカペラ・タウン。






土日の2日間、町中の至るところでアカペラ、アカペラ、アカペラ。






何のお祝いですか、何を讃えてるんですか、

そんな勢いで、アカペラ。




たくさんのバンドが、思い思いの演奏で各会場を楽しませてくれる。



楽しませようと思ってる人と、
楽しもうと思ってる人が、
町にあんだけ集まってんだから、

楽しくないはずがない。






僕らも、そんな街角の4ヶ所で歌わせていただき、


最後には、広場に特設されたファイナルステージで、自分たちの思いをブチ撒けてきました。



ライブの最後には、僕らと一緒にゲストとして出演されていたPermanent Fishのみなさんとコラボレーションしたり、

ファイナルステージ出演の全バンドと、世界的ヒット曲をカバーしたりして、会場の皆さんと最高の空間を共有しました。



いやー、楽しかった。


ファイナル終わった時にはヘトヘトだったけどね。笑



台湾からゲストで来てた学生グループ''The Wanted''よかったなー。

根っこに流れてる音楽が違うから、知ってる曲のカバーでも新鮮。


ファイナルの後に''Voice Bass!! Rock!! Amazing!!''って言ってくれたの、すげー嬉しかったなぁ。笑








あと、1日目の夜には、金沢アカペラ・コンクールも開催。


決勝に駒を進めた8組を、恐れ多くも審査員という立場で拝見しました。




終わった後にお話出来た人もいたけど、

「講評聞きたかった!」という声を、ちらほら頂いたので、ちょこっとだけ。




音楽は視覚で捉えることが出来ないので(ステージでは視覚も重要ですが)、


これまでにも多くの先人達が、音楽を絵画や料理に例えて、よりわかりやすく、その心得を伝えてくれています。



僕はちょっと、文章に例えてみようと思います。





まず、言葉があります。

特定の言葉を選んで並べることで、意味のある文章になります。




言葉は何のためにあるでしょう。

それは、誰かに何かを伝えるためであり、

誰かから、何かを受け取るため、です。


「気持ち」や「記憶」など、言葉でしか伝えられない物があるからです。








言葉を使ってこれらを伝えるには、能力が必要です。



気持ちを正確に伝えるために、相応しい言葉を選ぶ能力。

書き記すなら、文字を間違えず、綺麗に読みやすく書く能力。

声に出して話すなら、滑舌や、適切な声の大きさ、正しいイントネーション、抑揚。





音楽における「演奏技能」とは、これらに相当するものだと思います。




当然、あればある程よいでしょう。







しかし、あれば良い、というものでもないと思います。



ボキャブラリも豊富で、字も綺麗な人が、
それらをふんだんに利用してはいるけれど、

内容が大して面白くない小説があったとして。



字も多少汚く、接続詞も間違ってたりするけれど、
それでも必死に書いてくれた、自分宛のラブレターが、あったとして。




読んで感動するのは、どちらでしょうか。





もちろん、前者の語彙力や美しい文字に「この人はたくさん勉強したのだろう」と感心し、その苦労を想って感動する、ということはあるかもしれません。

しかし、それは書いた人からすれば、本意なのでしょうか。







後者に対して、こんな字の汚い人に好かれてもなあ……と、思う人もいるでしょう。

どんなに想いが美しくても、伝わりきらなければ、悲劇です。無念すぎます。





豊富な語彙と、美しい字でもって書かれた、気 持ちがビシバシ伝わってくる内容のラブレターがあれば。
当然、それが、いちばんじゃないでしょうか。





ところがどっこい。

字が綺麗な人なのに、文字が崩れてしまうくらい必死に書いたラブレターと、

字が綺麗な人が、一際丁寧に、必死に書いてくれたラブレター。


どちらが嬉しいか。







きっと、意見が分かれると思います。


これが「好み」であり、書く側からすれば「音楽性」になるのだと思います。






また、愛の強さを表す言葉として選ぶのが、
「あなたを想うと何も手に付かない」なのか、
「私の畢生に於いて之程に愛する人は不二であると確信している」なのか、
「お前の為なら人も殺せる」なのか。





これが、「アレンジ」です。




そして、語彙があるのは結構ですが、難解な言葉を選べば、
当然、読む側にも、それなりの語彙が必要になります。



伝えたい相手によって、使う言葉は大いに変わってくる、ということです。




さらに演出として、挿絵を入れたり、シールを貼ったり。

渡し方を演出してみたり。


それが、ステージングであると思います。







ステージングも、演奏技能も、
あくまで「伝えたいこと」を効果的に伝えるための、「手段」である、ということです。


ライブは決して、「手段を披露する」「技能をひけらかす」場所ではない、ということ。





「伝えたいこと」そのものと、

「伝えるため手段」と、


どちらも大事に、育てていきたいですね。




途中から己への戒めとして書いてました。ごめんなさい。笑



アスリートのように、演奏技能をただ高めるのも、すごく楽しいことです。

しかし、ステージは、ただそれを競う場ではないのです。恐らく。


書道家のように、それ自体に芸術性を追求することもあるんですが、漢字自体に意味がありますし。
音でそれをやるとしたら、どうしましょう。





あと何より、受け取った人が喜ぶかどうかは、


渡してみないと、わからないのです。





だったら、

自分が好きなものをとことん突き詰めて育て上げて

「私もそれ好き!」って言ってもらえたら

すげー嬉しいんじゃねえかと。






ちょこっととか言いつつ、めっちゃ長くなってしまいました。


どうやら、言葉で伝えるのはあまり、得意じゃないようです。





ライブ見ていただければ、「俺はこうだ!」ってのが、いつでも伝わる



ように、もっと頑張りますね。笑








最後まで読んで下さった方、貴重なお時間をありがとうございました。笑

これに懲りず、また読みに来てください。笑




では、明日宮崎に発つのでそろそろ寝ます。



おやすm zzz







けい