こんばんは。



僕です。




世間はGWで浮かれてます







僕ですか?





そりゃもうね、ガッツリワンマンの準備、略してGWですよ。













いや「ワンマン」なら「O」じゃね…?






って疑えなかった人は、
今すぐ中学校の英語の教科書を引っ張り出すかなんかしましょう。










信用するな、という意味では無いのでしょうけれど、

この「疑う」という視点。

先人達も、大事にせよと教えを残してくれていますね。









僕がそうなんですが、ひとつ自分の中に教科書的なものが出来ると、それ一辺倒になっちゃうんですよ。




森羅万象全てに挨拶したわけでもないのに。

自分の狭い世界で、帰納と演繹を繰り返してるわけです。




そんなことやってると、あるときふと現れるんですよ。


自分の持ってるメソッドを総動員しても、とても敵わない「壁」が。




持てる手段は全部試したのに、どうにも上手く片付かない。



もういやだーって投げ出したくなる。


ってか、一旦投げ出します。僕は。

辛抱弱いことこの上ないので。ザコです。アタシゃ。




で、大概いつも投げ出してから気付くんですよ。



ああ、これは壁なんかじゃない。


ただの「初めて見る景色」だって。





「景色」の定義を勝手に自分で作ってしまって、

それに当てはまらなければ、それは「景色でない」と認識されてしまう。



見たことの無い色の空、

見たことの無い材質の地面、

見たことの無いその他諸々。



例えば、いきなり目の前の景色がマリメッコみたいになってたら、多分そっちに進めると思う人の方が少ないだろう。





でも、それくらいのレベルで「初めて」に出会うことは、僕くらいだとしょっちゅうなのだ。






壁だと思われたそれが、進める空間、進むべき道なのだとわかってしまえば、そこからは話が早い。


という、わけでもない。




見たことの無い色の空、

見たことの無い材質の地面、

見たことの無いその他諸々。



そこに踏み出していくのはとても恐い。



知らないこと覚え、出来ないことを学び、そこに進むに相応しい自分にならなくてはいけない。



そうなれる保証はないし、自信も当然ない。




でも、それが出来れば、間違いなく今より「出来る人」にはなれる。


そうなりたいと思う自分がいる。




恐怖を押し殺して、ゆっくりと歩を進める。




転んだり、行き詰まったりしながら、


見たことの無い色の空の下、

見たことの無い材質の地面の上、

見たことの無いその他諸々の中を、ゆっくり進んでいく。




そしてその景色の中でまたいつか、「壁」にぶつかる。







もし「これは本当に壁か」と疑うことが出来たらきっと、もっと話は早いのだろうと思う。なかなか出来ないけど。


それは即ち、「自分自身の経験と価値観」を疑い、ケチをつけるのと同じことだから。




他人にそんな事されたら、多少イラッとも来るだろう。



自分でだってしたくはない。



でも、そんなに誇れる自分はきっと、まだここには居ない。




今の自分が胸を張って「誇れる」と言いきれる人はきっと、

今の自分の物差しでは、到底測れないような大きくて深い人だろうから。






なんせ慢心は何ももたらさないよ、という、自戒のお話。




そして今、ワンマンに向けて、そんな格闘を繰り広げてる。




多少怖くても、未知でも、保証がなくても。



歩いていこう。




Go walk。



おっ、GW。










ほんじゃ持ち場に戻りやす。


じゃねっ。


やるよ。






けい