こんばんは。

僕です。

迂闊なことは言わないに限りますな。



むしろ「セパタクロー専用ボール専用空気入れ」っていう表現を使いたかっただけなんですけど。


僕のツイートのハートマークが100回も押されることも、あんまり無いのですが、
それだけ気になる方が多いということでしょうか。




これまでもたまに、Twitterでアカペラの技術に纏わること書いたりしてるんですが、
大概は自分が悩んでたり、新技研究中だったりします。

今回もそうです。研究中です。


頭がそっちに偏ってるので、自然と関連のある発言が多くなると。


ツイートにもある通り、これまでもそれなりに頭を捻って振り回して、自分のパートと向き合ってきました。

そうでもしないと、
ハッキリ言って、やってらんないす。
僕はね。


まあ、振ば鈴の音が聞こえるような脳のサイズなんですが。





そもそも、有名なアカペラグループのベースって、「その声、日常生活に支障あるでしょ?」みたいな声の人ばっかりじゃないですか。笑

海外なんて見回せばキリがないし、
国内でも、プロのグループのボイスベーシストで、僕より低い音が出ない人を僕は知りません。



そういう人の演奏を、俺みたいなヒキガエルが車に轢かれた瞬間みたいな声したヤツがどんなに真似したところで、

どうやったって同じにはならないんですよ。

よしんば同じピッチを同じリズムで歌えたとしても、
アンサンブルの中での効果はもう、全然違うものになっちゃうワケです。


だったら、「全然違うけど良いもの」を、なんとか作るしかないじゃんよ、と。


今僕がやってるのが「良い演奏」なのかは、一旦置いといて←

そんなような事を、いくつか書いていこうかと思います。


一つの考え方として、音域や音質で悩むベース歌い同志たちの役に立てばと、

切に願う気持ちは山々なのですが、

前置きが長くなり過ぎたので、一旦締めます。笑

続きは後ほど。



ではでは。





けい

こんばんは。



僕です。




自分は特別だ、と
初めて思ったのは、いつですか。

自分は特別なんかじゃない、と
初めて思ったのは、いつですか。



どっちが先だったか、

どっちを自分で思って

どっちを人から言われたのか。



今となっては、思い出せません。







特別って、アホっぽい言葉ですね。

同じ人はいないんだから、みんな「別」なのは、わかりきってて。


その中でも、特に「別」な人が、特別。



いやまあ、そりゃそうなんだけど。





良い意味で「別」な人に使いますね主に。「特別」。





別に「別」じゃなくてもいいじゃねえか。




良くなりましょうよ。





したらなんかねえ。


そんなに力まなくても、いいじゃんねえ。




自分にしかできないことより、


自分ができることを、出来るだけ良くしてやりましょうよ。






なんか楽じゃない。そっちの方が。




もともと「別」なんだから。



良ければ「特別」って

誰か言ってくれるんじゃね。






力むな。頑張れ。

みんな幸せになれ。





おやすみ🐑






けい

こんばんは。






いつも夜分すみません。





僕です。








先週のことですが、今更ながら振り返ってみようかと思います。





と思ったんですが、その辺は他のメンバーに任せます。← 






都城総合文化ホール、通称「MJ」




先週の土曜日に、僕らがワンマンライブをした会場。



そこのスタッフさんが最高だ、っていう話をします。






話は4年前に遡ります。







初めて都城に訪れ、小中学校を回った時のこと。



そのとき僕は本当に、自分がどうして良いのか分からなくなってました。


無力感がスゴかった。


歌うこと、ステージに立つこと、JARNZΩに居ること、



全部が苦しかったときでした。



何かこう、どこにも自分がいない気がしちゃってたんですね。




それでもメンバーのこと、JARNZΩのことはほっとけないし、っていう、


色んな人に申し訳ない精神状態で、毎日過ごしてました。




都城で僕らがやってる学校公演では、

MJのスタッフさんが、一緒に回って、音響や舞台、それ以外の様々なことをサポートしてくれます。



そこでのスタッフの皆さんの姿が、僕の心の胸倉を掴んでグワングワン言わせてくれたんです。



東京で大した成果もあげていない僕らを、アーティストとして丁重に、技術と心で、支えてくれました。



僕はそんな廃れた気持ちでいるのに。


アーティストとして、ステージに立って歌う人として、とても大事そうに扱ってくれました。




もちろん、あちらも仕事でやっていることですし、言ってしまえば僕らも。


そこに今更「全力で」なんて言葉は、却って無粋極まりないものではあるのですが。



今思えば、そのとき初めて「スタッフの皆さんと一緒にステージを作っている」「チームの代表としてステージに立っている」っていう気持ちが芽生えたのかも知れません。



ちゃんとしなきゃって思いました。



一人の人間として、与えられた時間で、与えられたパートで、

子供たちに伝えるべきことを伝えなきゃって思いました。




追い詰められたんじゃなくて、すごく心地よかったんです。それが。



自分の中に「伝えたいこと」が、まだあるって気付けたことも、


スタッフの皆さんが一緒にステージを作ってくださることで、僕が「ステージに立って歌う」というパートでいることを許容された、ような気がしたことも。



勝手な僕の思い込みが、僕にとって都合のいい方に捻れたってだけなのかも知れませんが。



すごく嬉しかったんです。



毎年会えるのも、すごく嬉しかったんです。




来年はどうなんだろなぁ。学校はほぼ回りきってしまったからなぁ。笑


そもそも3年周期くらいだったものを、禁忌の4年目を超えて5年目の今年だったから。


 

勝手に好きだった都城。


先日から「みやこんじょ大使」になりまして。



これはまた、都城に行く口実が出来たか?と、


密かに期待している昨今であります。




っていうか、僕はMJのスタッフさん達に会いたいのであります。




彼らは、僕の恩人なのであります。

勝手にね。






さて、日曜には宮崎市内の「ライブハウス」SR BOXでライブをしました。



僕らの今のところの基本的な居場所というか、身の丈や鳴らす音に合ってるのは「ライブハウス」っていうフィールドだと思います。


帰ってきた、って感じがして、好きなんです。


学校⇒ホール⇒ライブハウス←ここのタイミング。好きなんです。笑





ホールでもそうだったけど、今年のSRはやたら力入ったなぁ。


唇切れまくったし。久しぶりに途中あんまり覚えてないし。笑



けどその、身体と声と顔と、全部使って、

言葉は発さないパートでも、伝えるべきことを伝える、っていうのが僕のスタイルなんで。


そのスタイルの形成には、都城での思い出が、

大いに関与しているのですよ、っていう、


そういう、話。





あれ、そういう話だっけ?





違う気がする。




まあいいや。





寝る。




明日はロックの日だって。



知るか。








けい

↑このページのトップへ