お久しぶりです。

僕です。


今日からまたブログ書くよ!

ってのも、最近また考え事をする機会と時間が増えたので。


フラペチーノ飲みましたとかラズベリージャムを作りましたとか、そういうのは書かないのでご安心を!←





人には人の数だけ、その人なりのこだわり。

んー、こだわりって言うと少し遠いな。

美意識というか、美学というか。

見た目の話だけじゃなくてね。
むしろ見た目の話じゃないことの方が多い。

ただね、こいつのせいで生き難さを感じるときがね、往々にしてありますよ。ええ。

人から疎んじられたりもするし、軽蔑されたりもする。

他の人の嫌悪感に触れることが多いんですよ。
もしかしたらこれは、僕だけかもしれないけど。

ただ最近感じます。

美意識同士が、例えば真逆の傾向だとしても、それぞれを侵し合うことはなくて、
むしろ絡み合って新しい何かが生まれるのだと。

人の美意識にケチをつける人のうちの何割かはただただ得体の知れないものに恐怖を感じているだけだし、もう何割かの心の奥底には憧れや嫉妬があるのだと。

めんどくさいと言われることは気にしなくていいのだと。

ただ、自分の意識の中に少しでも「くだらない」と思う要素があるなら、それは排除すべきだと。

磨くとは、削る行為なのだと。

けどそれは皆、無意識のうちにやっているはずなのだと。

そうして磨いた美学は、己の「指針」と言い切ってしまえ。

それに従うことで、自分の生きやすい世界で、望んだ自分になれるのだと。

それを「気持ち悪い」などと吐き捨てるような人間とは、二度と会う必要はないのだ。

自信を持ちなよ。君の美意識を信じろ。



って最近言われて大泣きしそうになったのをめっちゃ我慢したよ、っていう話。笑



皆さん元気ですか?

けい

こんばんは。

お久しぶりです。


僕です。



もはや「お久しぶり」は固定。



全国ツアーの真っ最中ですが、あんま関係ないこと書きます。




今日だか明日だかで、僕がJARNZΩのメンバーになって5年が経ちます。




変な話、こんなに長いことこのバンドに居るとも思ってなかったかも知れません。


20代の後半という、恐らく今後の人生感に於いてもそこそこ肝になって来るであろう5年間を、JARNZΩで過ごしました。



長いような、あっという間のような。

とにかくバタバタと過ぎた時間でした。



楽しいこともそこそこありました。
好きで歌ってるんだから、そりゃそうですね。


大変なこともいっぱいありました。
辛いとか悔しいとか、そんな気持ちに飽きてきてる自分さえいます。


それでも何とか、やっとこさっとこやってきた時間が、5年過ぎました。

5年前は反骨心の塊だったんだけどなぁ。
まあ本質は今もそんなに変わってないか。



「続けることに意味がある」と、胸張って言えるようなことをやっている自信はあまりないのですが、

続けてこられたのは間違いなく、支えてくれる皆さんのおかげです。


本当にありがとうございます。






5年が経ち現在、改めて思うのは「自分とは」ということだったりします。


JARNZΩのKEIΩとしても、1人の29歳の男としても、

何がしたくて、何を知りたくて、

何がどうして、今こんな感じになってんのか。


ここまで来るともう、夢とかそんな次元の話じゃないんですよ。


一人の人間として、何を完成させたいのか。


そのために必要でないことに傾けられる時間は、今後そんなに残ってないような気がするんですよ。





ここからは本当の意味で全力投球です。

明日投げられなくてもいい、という覚悟も、時には必要だったりする、ってことですかね。


いやでも肩痛いの嫌だなぁ……。


まあ大体そんな感じです。

明日からもよろしくお願いします。


ご挨拶でした。




春が来てるね。







けい

こんばんは。



僕です。




すっかり年の瀬ですね。



大掃除ついでに

押し入れの奥にしまった

ずっと使ってない連中を

捨てたり、出したりするために

手前の物を引っ張り出した

結果

恐ろしいほどに散らかった部屋が出来上がった

本当の意味で、キレイな部屋にするために

必要な工程なんだ

これは、必要な手順なんだ

誰がそれを否定するものか

否定されても、気になるものか

言い逃れが出来ないときが来るとしたら

それは

俺がこの部屋をこのまま放置した時だろう



なんてな事を考えながら、涙目で片付けをしてます。(´;ω;`)




和太鼓の音を聞きました。


高い音も低い音も、大きな音を聞けば、恐怖が必ず生まれます。

高い音がもたらす、刺すように不快で逃げ出したくなる恐怖に対して、

低い音のそれは、かえって心が落ち着くような、不思議な心地をもたらします。


前にベースの話で書いたけど、低くて大きな音を伴う危機は「どうしようもないこと」であることが多いので、

下手にパニくらないように、上手いこと脳が働いてるのかもしれません。

恐怖と、精神的静寂の同居。

畏敬にも似たその感覚に、人は神聖さを感じるのかも知れませんね。

そういう類いの音を口から出そうとしてる、あるいは出すわけですから、

ボイスベーシストのキャラが、妙に落ち着かないのは、仕方の無いことなのかも知れません。

恐怖と神聖さを与えてるのだとしたら(こっちはそんな気さらさらない)。


モテるorモテない、とかっていう尺度とは、違うとこにカテゴライズされてしまうよね。


アレだよ。

要はモテたいって話だよ。




さあ、ハイタッチしよう。


けい

JARNZΩワンマンライブ~GIVE ME FIVE~

1月20日、西川口にて。


詳しくはホームページをチェック。

よろしく。

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