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私がNHKのアナウンサーとしてNHK盛岡放送局に赴任した時。


もともと、私はアナウンサー志望ではなかったので、毎日毎日、アナウンサーをやめたい、ディレクターになりたい、とグチグチ行っていた頃。


当時の盛岡放送局長の大治浩之輔さんから、平光淳之助アナウンサーの話を聞かされました。


大治さんは社会部のエース、公害取材のスペシャリストとして、(加えて、ロッキード事件の取材で当時の政治部・島桂次氏と壮絶な戦いを繰り広げた有名人)サリドマイド訴訟を取材した時。


裁判で、被害者のお母さんが証人に立ち、自分の子供を見ながら、薬を飲んでしまった自分を責め、死にたい気持ちがありながらも、この子を残して死ねない、、、その葛藤を話し。傍聴席のほとんどが、その話を聞きながら涙を流し、記者は泣きながら原稿を書き。当時は携帯電話はもちろんなく、公衆電話の電話ボックスに走り、局に電話をして、自分が書いた原稿を読み、それを聞き、ニュース原稿を書いたのですが、その書き取りをしている人も号泣する、という壮絶な現場。


その原稿をニュースで読まれたのが平光さんが、一瞬、言葉に詰まった。

テレビを見ていた大治さんは、「頼む、泣かないで伝えてくれ」と思ったそうです。

平光さんは、再びニュースを読み始め、伝えきった、と。


平光さんが定年の時に、大治さんとご挨拶をされ、大治さんは「あの時、泣かないで、伝えきってくださってありがとうございます。」と。平光さんは「私は、アナウンサーとして、伝えることに徹しただけです。」と。


「瀧内、現場に行って取材をして番組を作りたい気持ちはよくわかる。今のお前は、スタジオで原稿を読むだけだもんな。でも、それぞれの現場でそれぞれの役割を担わないと伝わらないんだ。アナウンサーにはアナウンサーの現場があるんだ。」


盛岡の場末の居酒屋のカウンターで、大治さんからこの話しを聞かされて、尋常じゃないほど号泣して、もう少しアナウンサーを頑張ろうと思ったことがあります。


昨今、アナウンサーはよく泣きますが、泣かないで伝えた方が伝わりますよ。


平光さんにはお会いしたことがありません。

でも、平光さんは、私にとってのスターであり、アナウンサーを辞めた今でも、<プロフェッショナルの仕事>という意味を、間接的ながら平光さんから教わったと思ってずっと生きてきました。お会いしたこともない方に、これだけ影響を受けるようなことは、先にも後にも平光さんしかいないと思います。


昨日、93歳でお亡くなりなられたそうです。

心から、心から、ご冥福をお祈りいたします。

本当にありがとうございました。

 

PS: 久しぶりに大治さんに電話しました。「そうかあ。辞める時にわざわざ訪ねてきてくださったんだよな。「あの時、どういう気持ちでニュースを読まれたんですか?」って聞いたなあ。本当に素敵なアナウンサーだった。」と。