伊東歌詞太郎です。

本日生放送にて発表させていただきましたが、
去年に引き続き路上ライブツアーを敢行します!!!!

こちらに詳細がまとまっております。


http://s.maho.jp/homepage/c317afg9e42d5eaf/


今年もみなさんがCDを買ってくれたおかげで、
路上ライブに行くことができました!!!!
本当にありがとうございます!!!!


全額使って、なるべく多くの場所に行けるように考えました!
今から僕はみなさんに会えることを楽しみにしています!!!


今年の夏は、COFで、ライブハウスで歌える。
そして路上で歌える。
きっと今までの人生で一番幸せな夏になるのではないか。
すごく夏が待ち遠しいです。本当に本当に。





そして、
今回のツアーで路上ライブに行けなかった場所に住んでいるみなさんには、
まず謝りたい。
ごめんなさい!!


僕としては47都道府県どころか、
住んでいる場所は様々であるからして、一つの県で3か所くらいまわりたい。
これは本当に思っていることです。




今一度説明させてください。




東京や大阪、いわゆる大都市はよくイベントがあります。
僕はそういうところでイベントが決まった、という報告をしたときに、

「地方はきついです」

「たまには地方にきてほしいです」

という声が少なからずあるということを見逃せなかった。

「都合が悪くていけません」

「遠いから行けない」

「今回はお金がないから行けない」

こういう声に対して、

「君たちの応援の気持ちはそれくらいだったんだね?悲しいよ。」

「来られないなら言わないで?こっちは準備して一生懸命やってるんだから、
 いけないことを言われるとテンション下がるんだよ?」

というように言う人も今まで見たことあります。

僕はこいつらの気持ちが全く分からない。
来てくれる人には人生があって、都合がある。
それを無視できるほど音楽やってるやつはえらいのかよ、ふざけるな、と思う。


僕は場所が理由だったり、
単純に交通費がかさんでしまってイベントに来られない人、
そういう人だって生で歌を聞きたいと願ってくれているのなら、
僕たちがそこに行って歌わなくてはいけない、と思っています。


ブログで、
生放送で、

「ありがとう」

という言葉は常々発信していますが、
本当に伝わっているのか不安なんです、僕は。

この感謝の気持ちがちゃんと伝わっているのか。
画面越しでは悔しいんです。

だから、この身体をその場所にもっていきたいんです。



だから本当は一人一人の前に行って歌をうたいたいのです。
でも、さすがに僕は一つしかないので、
路上ライブはまわる場所を毎年ちょっとづつ変えてまわろうと思っています。


だから、
みなさん近くに来た時に都合が良かったらいらしてください!
しかし無理は決してなさらぬよう。

無理してほしくないからこそ、
僕らの方が出向いているのですから、
ゆうゆうと待っていてほしいです!!


先ほどちょっと触れましたが、
47都道府県はまわれませんでした。


去年の春に開催された全国路上ライブツアーでまわれなかったところ、
そして今年のCOFツアーでまわれなかったところ、
ここを中心に今年は行かせていただこうと思っております。

だから、もう一度。
近くに僕らがいけなかった人には本当に申し訳ない...!
ごめんなさい。


でも、来年もやりたいです!
僕にとって路上ライブで歌をうたってまわるということは、
最高に楽しい出来事なんです。
自分の幸せでもありますので、
来年も路上ライブができるよう、
今年も精一杯いろんな活動をして来年につなげたいと思っています。



いま、来年もやるなんて言いましたが、
やるといったらやる。
隠しても仕方がありませんし!


僕はイベントなどで、
今年は路上ツアーやらないんですか?
と質問されたらやります、と答えていました。

隠してもしょうがないっていうか意味ないし。

だからかなり多くの人は今日の生放送前から知っていたかもしれませんね!

来年もやります。もう宣言しておく。
万が一、来年やれないようだったら、
何か事情があったと思ってくださればうれしいです。
それは確実に僕の意思ではなく、ほかの原因であると思います。


さてと!
夏に始まるCOFツアーがある。
そして路上ライブツアーの終わりとともに、すっかり季節は変わっていることでしょう。




また去年のように、
死ぬまで宝物の思い出を一緒に作れたらうれしいです。
思い出よりも価値のあるものなんて、そうそうありません。







最後に、ずーっと誰も一緒にやってくれなかったこの話、
賛同どころかまったく同じ考えを持っていた、レフティーモンスターP、
僕ら二人をいつもサポートしてくれる、たるとPに感謝。

伊東歌詞太郎です!



前回の記事でちょっと出てきた元スタッフの彼、
記事をアップロードした10分後くらいにすぐ電話がきました(笑)!


すごい勢いで謝られたのですが、
謝るなら僕の名前検索しないでよ!と言い返してやりました(笑)!!!!

しかしながら彼は、
お前は昔から、自分を認めることをしなさすぎるから、
なめられてしまうことがある。


お前は他人に対して怒ることをあんまりしないから、
こういうことにもなるんだよ?
俺はそういうことを伝えたかったんだけど、
歌詞太郎がそこまで傷ついてしまっていたのはわからなかった、すまん!


って言ってもらえて、
うわー、彼はここまで僕のことを考えてくれていたのかと思って恥ずかしくなりました。
いろんな意味で。


だから言った通り、彼はいいやつなんです!!!




さて、先日アップロードさせていただきました、
ミルクとコーヒーの自分で歌ってしまったバージョン!





自分で作った曲を自分で歌うのは、本来とても自然なことなのですが、
動画として投稿するのは今までと違った感覚がありまして!

いつも以上に緊張したり、
意味もなく落ち込んだりしています。

こうやってアップロードするまでけっこう苦労があったりで、
無事にみなさんが聞いてくれて、
嬉しいことこの上なしです!!!!

うまく表現することができないこの気持ち。
とにかく、「嬉しい」と「ありがとう」が主成分であることは間違いありません。



さてさて、
明後日は神戸のスタプラがあります!

去年も出させていただいたライブ、とても豪華で贅沢なライブでした。
今年もでられる喜びをかみしめて、
精一杯、七夕の願いを込めてうたいます。


長すぎて読む気失せるよって言われる前に今日はさらば!!!

伊東歌詞太郎です。


明るい話ではないので、
不快になってしまったら途中でやめてくださいね。
きっと他の記事を読んでくれた方が明るい気分になれます。





こういうことを書くかどうかずーっと迷っていたんですが、
悩んでしまっていたので、書いてこれっきりにしようと思います。



僕は、ライブやイベントでいただいた手紙を読んですごく感動したり、
歌っててよかったな、と思ったりするんです。

疲れていても、寝る前に読んで元気になってぐっすり眠れたりします。



僕にはものすごいおせっかいな友人がいます。

どんなおせっかいかというと、
僕の代わりにネット上で僕の評判を検索し、
悪かった時だけ報告してくる、というものです(笑)。


彼は昔、
僕が神奈川県で路上ライブをやっていた時に支えてくれていたスタッフです。

もうね
何回もそれはやめてくれとちょっと怒り気味に言ってるのですが、
ぜーんぜんやめない。でも、本当にいいやつなんですよ!!!!



僕は自分の名前を検索することはほとんどしないです。
もちろん怖いから。

まぁ、彼はだったら自分がやってやろうという気持ちでいるんでしょうかね!
もしかしたら、面白半分かもしれませんね!


一年くらい前から、
「お前、Twitterでかなり悪く言われてるぞ」
というようなことをたまーに言ってくるんです。


悪く言われるのは当たり前だから仕方ないじゃん、
それよりもその報告をお願いだから今後マジでやめてくれ、
って言ってたのですが、
2週間前もまーたそんなこと言われたんです。



だからやめろよって言ったのですが、
今回ははじめて、tweet主の具体的な名前を言ったんです、彼。

僕は耳を疑ったんですね。

その人の名前は、僕が良く知っている名前だったんです。

なぜ覚えてるかというと、
手紙をよくくれる人だからです。
ツイッターでもリプライをよくくれる人。

その人からの手紙もリプライも、いままでめちゃくちゃ励まされてきた。

そんなわけないだろうと信じられなかったので、
彼に上記の事情を説明して、それはおかしいといったのですが、
もうね、彼はね準備してた(笑)。


ツイート見せてくるんです。


すっごいショックでした。


それは一人じゃなったし、
よく手紙をくれる回数が多い人ほどそういうことを書いていた。

僕がすごい落ち込んでしまったので、
彼はフォローのつもりでいってくれたんだろうけど、
「けなし愛、だからしかたないよね?そう書いてあるし」と。



けなし愛、というのはいったいどういう意味なんだろうって、
ここ2週間ずっと悩んでしまいました。
僕にはまだ考えてもわからなかった。


なんですか、けなし愛って。

愛があれば悲しいことを言ってもいいのだろうか。

Twitterって自由に見られるものですから、
あんなことをいろんな人が見てたのかと思うと、悲しいです。

毒舌って、
ただの悪口ではないのでしょうか。
なぜそれがいいと考えるのかわかりません、僕には。


最近、自分の中にあるものを曲や歌、そのほかの形にすること、
もしくはライブでぶつけるということにすんごい没頭してて、
本当に本当に幸せだったんです。


だから真面目にやればやるほどばかにされてしまうのかな?と悩みました。


沢山手紙くれてるってことは、その人からの文章を
何回も僕は読んでいる。そのたびすごいうれしかった。
でも、実はそうじゃなかったのかな?と思うと悲しくて悲しくて。



いったい誰ならば本当のことを言っているのだろうか、
そんなことを考えてしまい、
ツイッターのリプライ、
そして手紙を見るのをやめようと考えてました。今日の朝までは。


でも、
僕は間違うところだった。
僕のことを悪く言ってるのは、10人かもしれないし、100人かもしれないし、
もしかしたら1000人かもしれない。

でも、それだけじゃない。
気持ちのこもった手紙やリプライもぜんぶ切り捨ててしまうのは、
僕はできることではないな、と思いました。

だから、今まで通りです。
どんなものも読む。


このブログ見てるほとんどの人は関係ない話なのに、
申し訳ないです。

これっきり、です。




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