病院の待ち合いにあったイルカの本をパラパラとめくってみた。私は特にイルカが好きだと言う訳ではない。海の生き物は幼い頃からまったく接点がなかった気がする。ただこの一節には惹かれる。「イルカは左右の脳を交互に休ませることができる」。これは羨ましい。仕事をしていると脳のHDが許容量を越えてしまい、何も考えられず目がパチパチとする事がある。こんな場合は眠ることが一番なのだけれど、その時間さえももったいないと思うときがあります。

イルカは右脳が眠っているときは左目、左脳が眠っているときは右目を閉じ、一定方向に回転しながら眠る。かなり落ち着きがない様子だが宇宙レベルの無駄のない動きなのだきっと。北半球のイルカは反時計回り、南半球のイルカは時計回りに回転するとある。自然と一体となるのは人間の憧れであるけれどこれらは一生手に入らないのではないか。ヨガや冥想などでこの次元に行こうとしても、日常を生活するベースではどうしても遠くなる。いや遠くていいのである。

本にあったイルカの脳は人間よりも大きく形状し、しっかりどっしりしていた。
イルカの脳は右脳、左脳と全体が緩やかにシンクロしていて、その辺りの連携は人間はあまり良くないらしい。余計な情報がそれらを循環させなくなっているのかもしれないが、人間が生きる上で大いに無駄なものは必要なのだ。

イルカと戯れる人々は特有の癒しを貰うようである。仏のような、天使のような。能力があるものだけがはじめてホンモノを与えることができるのだと思う。
自然と一体となれるモノは残酷さや悲しみの本質を知っているのかもしれない。それらを越えたところで「恐れ」を持っていないのだ。不自由な私たちはこの「恐れ」を試行錯誤しながら、何度もどうしようもないことに直面する。そうしながらも私たちなりに循環していくのだ。


2018年4月7日(土)日本橋三井ホール  17:00開場 18:00開演 

石川智晶LIVE「裏窓からみえるモノ〜終盤のシークエンス」開催決定!!

前回のLIVE直前に映像担当者が突然いなくなる、なんていうサプライズ、、が実はありまして。何事もなかったかのように日々が過ぎて行きます。

それで前回LIVEから実は自分で映像やってます。内心ザワザワで冷や汗ものの中、なんとかなったから今は出来事そのものを笑えますが。私は映像においては初心者でしたから。一瞬完全に死にました。。笑  

長くやってますとこれ以上に笑える恐ろしい話もありますので、もはや楽しむしかないかもと思ってます。もちろん理解しがたい事はありますけれど、腹をたてるよりも前にさて今回のLIVEをどうすればいいか、それが先でした。これが真ん中にありました。お客様がいる限り。

なので居なくなった方には理解はできないけど、その場所で幸せであれと思います。

これが発覚した時。他のそれぞれの担当者は考えられないと皆言いました。仕事は時としてプレッシャーを与えられることがある。ですがそれを放り投げることは、そこに大変な事情とストレスがあっても、仕事が自身を支えるプライドになり(これは年と共に必要になってくると思う)生活や家族の為にもみんなやるからです。理由がひとつではないこと。これを読んで下さる方もそうでしょう。改めて全スタッフをレスペクト。

しかし、そうはどうしても踏ん張れない人もいる。いろんな人。いろんな人生があります。。出来事を追わずに自分の中のもので生きていかねばね。我々の当たり前がズレてきているのか。もはやズレてるのか。あやふやでありますが、、、。

でも、普通にやってきた当たり前をギリギリでもこれからもやって行くでしょう。

そして私はこの件で、また今回のLIVEで映像を作る作業を身につけることに。。そんな人生です。自分の中ではサプライズを越えています。
次回8/21ART&MUSIC LIVE。にゃんばります。
(´-`).。oO

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8月の暑さ。東京の空は曇り空。なのに暑さは晴天級である。視界と体感温度が違うという、なんともザワザワする感じ。この夏は脳内を切り替えるためにブレイクタイムには全く違うことを10分くらいすることにしている。どうも仕事から離れられない性分。仕事は私にとって懸命にやるからこそ鬱成分もあるし、癒しも与えてくれるものなのである。


最近は「リルケ」を読んでおります。もう何度目かだけど。言葉が体に入っていくものと入らない時がある。これは時期にもよる。あの時はコレ、だけど今はコレ。変化変容していく人間は我が侭に言葉を選べる権利を持っている。


今朝は起きてからこれを読みました。
「旅にはたった一つしかない、自分自身の中に行くこと」
実はこのトリップは一番難しい。なかなか足を踏み込めない人もいるだろう。向き合うのは恐ろしいし、一番最後の旅にしておきたい、乗車拒否してもいいからだ。ただ生きれていれば一度はこれをしなければならない時期が来ると思う。


仕事を自分のものにしようとする時、誰かを愛することを知ったとき。突然のアクシデントで生活やそれによって生き方が変わった時、結婚する覚悟を決めるとき、年齢を重ねる時、いろんなシチュエーションでこの旅は行こうとする前に「行かねばならない旅」となる。


ただその時は列車に乗るべきである。最初から怖い旅ではないのだ。だって自分自身の中に行く旅。自分をやっているのは「自分」なのだから。ここで何よりも自分を否定してはイケナイのだ。きっと素敵なんだろう。きっとキラキラしているのだろうと、バカみたいに信じて旅に出よう。



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