月別アーカイブ / 2016年12月

2017年は、山羊座の人々にとって
「成功」の時間となるでしょう。

この
「成功の時間」
という言葉から浮かぶイメージは、
人によって大きく異なるはずです。
なぜなら、「成功」という言葉の意味するところは、
「愛」や「夢」などと同じで
人によってまったくちがっているからです。
たとえば、受験生が「成功」と聞けば
まず、志望校への合格を思うでしょうし
お店を開店したばかりの人は
店の経営が軌道に乗ることを考えるだろうと思います。
片思い中の人は思いが届くことを、
結婚や出産を望んでいる人はまさにそのことを
「成功」のイメージに重ね合わせて
自分の今の願いが成就することをイメージするだろうと思います。

そうしたイメージはどれも、
たぶん、間違っていないと思います。
ただ、2017年の「成功」には、
ひとつの条件がついてまわるような気がするのです。
もとい、「条件」ではなく
「根拠」「核となるもの」というほうがぴったりしているかもしれません。
その「条件」「根拠」とは、
「自分自身の命ずるところに従う」
ということです。

たとえば、日常的な活動や仕事の多くは
人からの要請や命令で遂行されます。
自分で考えたことでも、先輩や上司に確認したり、
細部は誰かの指示を仰いだり、といったことが
どこかに含まれているでしょう。
家族のニーズに応えるとか、
恋人とデートにゆくときなども、
自分以外の誰かにまず、あれこれ決めてもらって
それを受けて動く、ということはあります。
更に言えば、冠婚葬祭やお盆や正月など
誰が決めたともしれない「マナー」「しきたり」に
どういうわけか粛々と従う場面もあります。
こうした「自分以外の誰かが決めたこと」に従って行動するとき
私たちは少し安心していられます。
面倒だなと思いながらも
「この道でいいのだ」と信じて進めるからです。

2017年の「成功」にまつわる「条件」は
それとは全く別の地平にあります。
たとえば、人から
「いや、そこまでする必要はないのでは?」
「なんでそんなことまでしてあげるの?」
など、首をかしげられるようなことは、
私たちが自分で自分に命じていることに他なりません。
宗教上の聖人達は、しばしば、
普通の人がしないようなことで、
誰が命令したわけでもないようなことに取り組みます。
食生活や生活習慣を自ら厳しく戒めたり、
「即身成仏」のような超越的な試みをすることもあります。
「そこまでしなくとも」と
周囲の人々は感じるでしょう。
「そこまでしなくとも」、傍目には十分に目的は達成できるし
まさに「成功」しているのです。
でも、本人にとっては、それに取り組むことこそが
自分の理想や信念の世界における「成功」なのです。

もちろん、上記は単なるたとえ話です。
2017年の山羊座の人が、宗教的な行為に臨む
と言いたいのではありません。
そうではなく、
私たちが日ごろ身を浸している
「周囲の人々、諸事情、関係者の都合」などから、
生活のどこかで「決定権」を取り返して、
そこでやったことこそが、「成功」に繋がっていく
ということを言いたいのです。
これは「好きなことだけやる」
「やりたいようにやる」
「自分の考えだけでやる」
ということとも、少し違っています。
むしろ、2017年の山羊座の人々の「成功」は
どこか自己犠牲的かもしれません。
「なにかのため」「だれかのため」ということが
けっこう、ハッキリしています。
でも、その対象となっている「なにか・だれか」に
「それをやりなさい」と命令されたわけでは
決して、ないはずなのです。
冬の夜、ゴミ捨て場に捨てられた箱の中で
雨に濡れながら必死に生きようともがいている子猫をみつけて
それを拾って帰るとき
この行動はあくまで「子猫のため」ですが、
子猫に命令されたわけでもなければ
「そうしなければならない」わけでもありません。
現に、この人が通るまで
すでに何人もの人が、色々な理由でこの箱の横を通り過ぎたはずです。

上記は、2017年の山羊座の人が慈善的な活動をする
という意味でもありません。
そうではなく、2017年の山羊座の人が目指しているのは
ごく純粋な活動であり、成功である、
ということが言いたいのです。
誰かに褒められたいとか、好かれたいとか、
将来が何となく不安だからできるだけお金が欲しいとか
人からバカにされたくないとか、体裁を整えたいとか、
そういう、漠然とした「外部」からの承認に救いを求めて
内容のない活動に終始することがない年なのです。
「自分の望み」を装った「他者の間接的な要請」は
私たちの心にいつの間にか入り込んで、
勝手に私たちを操ろうとすることもあります。
でも、そんな状態では
2017年の山羊座の人々は、たとえ何を成し遂げたとしても
「大成功!」の満足を感じることはないでしょう。
「成功する年」であるからこそ、
「自分にとって、何が本当の成功なのか」
を考えることになります。
せっかく成功が約束されている年なら
「手に入れたけれども結局使わない」みたいな成功をするわけには
決して、いかないのです。

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[時期について]

1月はコミュニケーションが盛り上がります。
人に会いに行く機会も多そうです。
フットワークよく動き回って、
目に見えない、ふわっとした対話の「場」の空気を
貴方の力で創ることができるようです。
月の半ば頃、誰かとの相談の上で
固く約束を交わすような場面があるかもしれません。

2月から3月にかけては
「居場所・住処・家族」が大きく動きそうです。
引越や家族構成の変化などを経験する人もいるでしょう。
このプロジェクトは、6月頭までまたがる
少々長丁場のストーリーとなっています。

3月から4月は、やりたいことにどんどん打ち込める時期です。
また、自分を表現したい、主張したいという気持ちが強まり、
周囲も大いにそれを受け入れてくれるでしょう。
4月は特に「じっくり語り合う」時間にも恵まれます。

5月は非常に忙しくなりそうです。
タスクがどんどん持ちこまれ、
かなりハードな状況になるかもしれません。
この多忙さの中から新しく
「自分にふさわしい役割」を見いだす人もいれば、
ハードすぎる状況から脱出して
真に自分に合った生活スタイルを手に入れるため、
しっかり行動を起こす人もいるはずです。

6月は素晴らしい愛の季節です。
人と会う機会も増えますし、
情熱的な人々から多くの刺激を受けとれるでしょう。
ただ、人間関係に「熱がこもる」あまり、
摩擦が起こることもあるかもしれません。
タフな交渉事に望む人もいるでしょう。
普段はとてもクールな山羊座の人々ですが
いったん導火線に火がつくと
自分でも驚くほど感情的になる場合があります。
この時期は特に、「ぶつかるときほど冷静に」を心がけたいところです。
真正面からぶつかっていって、
有利な条件を勝ちとることが出来る時です。

7月は「調子を整えていく」感じがあるかもしれません。
自分の心身と丁寧に対話しながら
真に心地良い環境を作っていけるときです。
6月に始まったホットな人間関係や交渉事も
7月下旬にはちゃんと着地点にたどり着けるでしょう。
さらに、7月から8月は、
パートナーや日ごろ関わっている人の経済状態が
大きく変化するタイミングです。
その影響を受けて、貴方自身の経済活動も
少なからず変わっていくことになるかもしれません。
意外な「ボーナス」を受け取る人も少なくなさそうです。

9月から10月は、
遠出することになるかもしれません。
出張や旅行などの気配が濃厚です。
また、勉強や研究活動に取り組んでいる人には
この秋、強い追い風が吹くでしょう。

2016年秋から、華やかな舞台に立って活躍してきた人、
一つの目標に向かって一心に努力してきた人は
この9月から10月に、一つの到達点に達します。
前述の「成功」が、ここで
ひとまず、ある形にまとまる、というイメージです。

10月、木星は「社会的立場・キャリア」の場所から、
「将来の夢・友・自由」の場所へと歩を進めます。
ここまで「具体的な結果を出す」ことだけを見つめてきたなら、
ここからはもっとずっと広い視野で
のびのびと活動していけるようになるでしょう。
プレッシャーから解放され、
新しく登りたいと思える山を探すような時間に入ります。

11月は非常に忙しい時です。
過去1年ほどの中での貴方の活躍を目の当たりにした人が、
貴方に新しいチャンスを持ってきてくれるのかもしれません。
また、貴方自身
「アタックしてみたい山」を見つけるのかもしれません。

12月は、新しいチームを結成できるようなタイミングです。
情熱的な仲間に囲まれて、
とても強い体勢を作れそうです。
さらに、12月末、貴方の星座の支配星である土星が「帰還」します。
土星は約29年ほどのサイクルで巡ってきます。
山羊座の人にとって、土星は最も自分らしい自分を見つけるための
素晴らしい先導役と言えます。
これまでどこか居心地が悪かったり
「自分が真に目指すべき人間像はどんなものなのか」
という迷いを抱き続けて来たなら
この年末以降、約2年半ほどをかけて
確かな答えを見つけることができるかもしれません。

[愛について]

「たとえ、仕事で大きな成功をおさめても
それを分かち合える仲間や愛する人がいなければ
何の意味も無い」
とある人が語りました。
たしかにそうかもしれません。
2017年は山羊座にとって「成功の年」と前述しましたが
それはおそらく「だれとその成功を分かち合うか」までをひっくるめての
「成功」なのだろうと思います。
「努力によって大きな果実を実らせ
それを大切な人と分かち合いたい」
という夢を描いたなら、
果実が実っただけでは「夢が叶った」ことになりません。

さらにいえば、
自分一人の力で「成功」できるか、というと
それも結構難しいことだろうと思うのです。
人から様々な力を借りてやっと、
願いが叶うことのほうが、多いのではないでしょうか。
2017年は、愛する人、大切な人から
「どんな力をもらってきたか」
「どんな力をもらっているか」
を見つめる年です。また、
「どんな力を提供できてきたか」
「これから、相手に何を贈ることができるか」
ということも、大事なテーマとなるでしょう。
そうした「力の授受の仕組み」は
2017年の中で、少なからず改編されていきます。
たとえば、かつては経済的に相手に頼っていたのが
今度は相手から頼られるようになったり、
結婚を視野に入れて貯金を始めたり、
子どもが生まれたことによって家計の運営が変わったり、等々、
愛情で結ばれた関係の中で
その「支えあいの形」が変わっていくわけです。

身近な相手が何を欲しているか、ということを
私たちはなんとなくわかっているようで
けっこう、わかっていないものです。
自分が他者に対して望んでいることも
ほとんど解ってもらえていない、
と感じられます。
2017年は、相手の本当の望みに触れたり、
自分の本物の望みを相手に触れさせたり
というような、密かな情報開示を重ねることになるかもしれません。
山羊座の人々は基本的に
「大切な人の願いを叶えたい」
と考えているところがあります。
ゆえに、相手のニーズを知る、ということは
それ自体が、一つの愛の喜びであり、
発奮の材料でもあるはずなのです。

2017年の中で、
愛に追い風が吹くのは3月から4月、6月、8月、
そして10月です。

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「あの人は不動産で成功した」というように、
「成功」は、
「経済的な成果をあげること」
を意味する場合があります。
たしかに、たくさんのお金を儲けて
生活の不安から解放されることは
私も含め、多くの人の切なる願いです。
でも、実際に「どんなふうにそのお金を使っているか」と言えば
よく考えると、どうでもいいようなことにちょこちょこ浪費して後悔したり、
あるいは、様々な不安や恐怖に対抗するためにひたすら貯蓄して
その貯蓄を何に使うこともないまま人生を終え、
「どこにも行き先のない、大きなお金」
が残される、といったことも
けっこうあるのだそうです。
大きなお金を稼いだとして、
そのお金を「何に使うか」までの全体が
「成功」だと考えると、
俄に、私たちの生活にも充分以上に実現する「成功」が
炙り出されるような気がします。

長野県の白馬にある「白馬美術館」は、
新潟県糸魚川市でドライブインやマンションを経営していた
石塚さん父子が設立しました。
「経済的に少し余裕が出てきたので」
ふと手に入れたシャガールのリトグラフが
その「最初の一歩」となったのです。
美術館を作って、館長となった石塚さんは
すでに、糸魚川市でのビジネスを全て整理していました。
片手間ではなく、これ一本でやる、と決めたわけです。
「もっか無給の私と妻の生活費程度は出るくらいの入館者が欲しいものです」
と、インタビューは締められています。
今は経営が変わっているようですが、
とても美しい、素敵な美術館で、私は大好きです。

最初から美術館を建てることが目標で、
そのためにドライブインなどのビジネスを起ち上げた
ということならば、
これはまさに「成功」と言わねばならないでしょう。
でも、石塚さんの場合は、そういうわけではありませんでした。
ビジネスをしているうちに、心惹かれるものに出会い、
いつしかそれが夢とも目標ともなって、
それまでの人生がそこに流れ込んでいった、という
とてもロマンティックな道のりです。
「成功」に至るプロセスは多分、
たった一つの山頂を目指して麓から一本道を上り続ける
といった風景ではないのかもしれません。
もちろん、語られない様々に複雑な事情も
たくさんあっただろうと思います。
ですが、おそらく糸魚川市で成功を収めたビジネスを畳むとき
「なぜ美術館経営なんて?」
「これまでの成功が勿体ない!」
などと言われたのではないか、と空想するのです。

「なぜ?」と人が首をかしげるような「目標」に出会えるのは
たぶん、とても幸せなことなのかもしれません。
でも、2017年の山羊座の人の心の中には
人に話してもわかってもらえないだろうな
というような思いがかたく、抱きしめられていて
その思いこそが、貴方を華やかな舞台での「成功」に
みちびいてくれるのだろうという気がするのです。
舞台が大きければ大きいほど
「なぜ?」と問われても相手を説得できないその「思い」が
貴方の強い武器とも防具ともなるはずです。


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白馬美術館に関する引用部は
新潮選書『うちの美術館』田島三津男 編
より。


チームに所属していた1プレイヤーが
選手を引退して、監督となったとします。
同じ世界に身を置いているにも関わらず、
今まで見えていたのとは全く違う風景が
そこにひろがっているだろうと思います。
チームの中でのポジションや立ち位置は、
その人の活動の、言わば「アイデンティティ」です。
すなわち、少なくともプレイヤーとしてのアイデンティティは
周囲との関係性において定義されている、
ということになります。

「監督」もまた、チームとの関係性においてなりたつ立場です。
ですが、プレイヤーとしてチームの中にいるときと、
監督として関わる時とでは
その関係性は大きく異なっているはずです。
そのもっとも大きな点は、おそらく
プレイヤーの場合は
「試合において自分の出せる力は、自分のものだけ」
ですが、監督になると
「試合において、すべてのプレイヤーの力を用いることができる」
ことではないかと思います。
自分だけの力しか使えない状態と比べると
その広がりは絶大です。
自分のパフォーマンスではないものを、
自ら「用いよう」とするとき、
そこには全く別の面白さと広がりが生じるわけです。

小説と演劇のあいだにも、
似たような関係があるように思います。
私が書いているのは「占い」ですが
ここに書いていることを勝手に語る「登場人物」が
生身の人間で目の前に立ったとしたら
それはもう、私が書いた文章という枠組みを遙かに超えた
無限の可能性を持つだろうという気がします。
すくなくとも、私が想定した「全体の文脈」には
おさまりっこありません。
小説には、全体を掌握しきっている神様がいますが
それが生身の人間によって演じられるお芝居になったとき、
もはや、全体を支配しきる存在はいなくなってしまうのです。

2017年は、射手座の人にとって
ちょうど、そんな変化が起こる時期ではないかと思います。
これまで「一人」でやっていたことを、
もっと多くのパワーを統括する立場として
発展させていけるのです。
あるいは逆に、チームのメンバーから監督になるときのように
貴方は少なからず、今までより「孤独」になるのかもしれません。
でも、それはもちろん、監督への就任とおなじで、
ぜんぜん「悪いこと」ではありません。
むしろ、今まで人から受けていた制約から自由になって、
とことん自分だけの発想で戦えるようになる
ということだろうと思うのです。

私たちは生まれた時から、
周囲の人々との関係性の中で
「自分」を定義します。
たとえば、戸籍がそうです。
戸籍には、住所と続柄、生まれた日付などが書かれます。
これは全て「関わり」です。
名前も、親族や親、誰か大人がつけてくれます。
生まれたとたんに自分の名前を自分で決めることはできません。
昔は、個人の名前であっても
その人固有の名前ではなく
親や祖父母の名前から文字をとったり、
誰かの名前をそのままつけたりと、
名前自体が「関係性」そのものだったこともあります。
アイデンティティは、そうした関係性と密接に繋がっていて
だからこそ、たとえば幼い養子を迎えた親御さんは
本人にそのことをいつ伝えるべきか、
少なからず悩みます。
また、自分の産みの親や育ての親がわからない、という人も
叶う限り自分のルーツを辿ろうとしますし
どうしてもわからない部分については
自分なりにそのことに関する「考え」を組み立て、
みずからその考えを「ひとつのこたえ」へと、
時間をかけて育ててゆくことになるようです。
子供から大人になっても、
関係性からアイデンティティを定義しようとする試みは
ずっと続いていきます。
ある種の肩書きや社会的立場に憧れたり、
自分の所属している組織に誇りを持ったり、
人に会ったら出身地や学歴を聞き出したりするのは
そういうことの一端なのだろうと思います。

チームの一員だった自分のアイデンティティと
監督としてのアイデンティティとは
かけはなれたものがあります。
チームの中での関係性から離れて
晴れて監督となったとき、
古いアイデンティティから脱皮して
新しい「自分」の感覚を作り直さなければなりません。
2017年の射手座の人々が経験するのは
そういうことなのではないかと思うのです。
古い関係性の中にあった「自分」と、
新しい関係性の中の「自分」は、
その像が、必ずしも一致しないのです。
これは、自分という人間の人間性が変わってしまう
ということではなく、言わば、
「眠っていた新しい自分が内側から出てきて、
それに、新しい名前をつける」
というようなことなのかもしれません。
たとえば、ごく幼い子どもにも、そういうことは起こります。
一人っ子だったところに弟や妹が生まれ、
「おにいちゃん・おねえちゃん」になる、
といったようなことです。
「おにいちゃん・おねえちゃん」である、という事実は
単に肩書きや呼び名が変わる、ということに止まらず
本人の心の中に、人柄の中に、
深く浸透して、アイデンティティの一角を成します。
関係性が変わると、アイデンティティが変化する
とは、つまりそういうことです。


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[時期について]

1月は家の中がバタバタしそうです。
引越や家族構成の変化など、
かなり大きな変化も起こるかもしれません。
普段、照れくさくて話せないようなことも
この時期は、結構思い切ってたくさん話せるようです。

2月から3月にかけては、
すばらしい「愛と創造の季節」です。
恋愛や子育てには強い追い風が吹きますし
クリエイティブな活動をしている人にも
ドラマティックなチャンスが巡ってくるでしょう。
この時期の「旅」には
特別な意味がこもっています。
出かけた先で「これが自分を呼んでいたのか!」と
深く納得させられるようなことが起こるかもしれません。
このストーリーは、8月の出来事と繋がっている気配もあります。

4月は非常に忙しくなるでしょう。
ガンガン行動して、タスクをどんどん捌いていけます。
一方、家族や身近な人に対しては、
たとえば「しゃがんで子供に目線を合わせる」ような
丁寧で細心なコミュニケーションが必要になるかもしれません。
心の全力で向き合い、
大切なものを救える・守れるようなタイミングです。

5月は人間関係が熱い季節です。
人から大いに刺激を受けられますし、
タフな交渉事に臨む人も少なくないでしょう。
この時期は貴方の情熱や夢、創造性が
交渉や競争における「勝利」に直結しています。
遠慮したり、自説を引っ込めたりしない勇気が求められます。

6月は少し落ち着いた雰囲気の中で
「人のニーズに応える」「人の提案にレスポンスする」
ことが強調されるかもしれません。
自分から最初の一歩を踏み出すのではなく、
まず相手のアクションを全て見て取ってから
自分が動く、という段取りになりそうです。

7月は人と会うのがとても楽しく感じられるでしょう。
7月から8月にかけては、
誰かに会うために遠く旅をする人が少なくないはずです。
この「旅」には、何か特別な縁が絡みついていて、
その縁をたどって、愛やチャンスを掴めるかもしれません。

9月から10月は、大チャンスが巡ってきやすい時期となっています。
社会的肩書きが大きく変わるような選択をする人も
少なくないだろうと思います。
特に10月は、木星という星が居場所を変えます。
木星は射手座の支配星であり、
物事の流れがここで大きく変わる「潮目」となるでしょう。

11月は、過去にやってきたことが
今の貴方に面白い果実をもたらすようです。
少し前の自分を褒めたくなるような出来事が起こるでしょう。
また、意欲的な仲間から刺激を受けて、
自分も頑張ろう、という勇気が出てきそうです。

12月は、過去と未来を一気に見渡せるような
不思議にスケールの大きなタイミングです。
2015年頃から背負い続けて来た重い荷物や孤独から
ここで、やっと解放される、という人もいるでしょう。
「お疲れ様でした!」
と申し上げたいような年末です。
穏やかな優しい、そしてフレッシュな気持ちで過ごせるはずです。

[愛について]

2011年から、射手座の人々はずっと
「愛のミラクル」の時間を生きてきました。
2017年はその最後の山場となりそうです。
「最後」というとなにかが終わってしまいそうですが
決してそうではありません。
たとえば、ラブコメディの映画などでは、
物語の「山場」というのは、たいてい
愛が危機に瀕するようなシーンを指します。
2011年頃から今に至るまで、
ジェットコースターに乗ったようなスリリングな愛の物語を
ずっと辿り続けて来た人も少なくないだろうと思うのですが
その「スリル」の部分、
つまり、危機感や不安定さのある部分が
2017年いっぱいくらいで一応の収束を見るだろう、
ということなのです。

特に2017年の前半は、
射手座にとって幾重にも強調された
「愛の季節」となっています。
愛の星・金星と情熱の星・火星が
貴方から見て「愛の部屋」に同座するだけでなく
この金星はそこに引っかかったように
初夏まで長居してくれるのです。
この間、愛をとことん追求していけます。
「与える愛」と「受け取る愛」を、
両側から丹念に体験し、研究していけるはずです。

2015年からの孤独感は、
愛の世界にも色々な影を落としていたかもしれません。
愛を感じつつも一人で立つことを余儀なくされたり、
愛の袋小路で立ち止まったような状態になった人も
もしかしたら、少なくなかったかもしれません。
2017年も、「一人で歩く」ことは、
まだ続いているテーマではあるのですが
それ以上に、愛の強い変革の風が吹いている、
ちょっと特別な時間となるだろうと思います。
貴方の「孤独」もかなりこなれてきて、
それが「孤独」ではなく、実は「自立」であったり、
あるいは愛に向かうための一種の「自覚」のための時間だったりした
ということが、そろそろわかってくるのかもしれません。

愛に追い風が吹くのは2月から6月頭、
さらに7月、そして年末です。
また、2月と8月には、遠い距離を超えて愛が生まれるような、
少しミラクルな出来事が起こるかもしれません。

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欧米の俳優やミュージシャンが
かねてからあこがれていた大スターと共演するようなとき
「とても興奮しています」
と語ることがあります。
英語での「エキサイト」「エキサイティング」という表現を
「興奮する」と翻訳されているのだと思うのですが、
日本語での「興奮する」という言葉のイメージとは
ちょっとズレているようにも思えます。
日本語の「興奮」には、
常にないような精神状態に置かれて混乱している
といったイメージがありますが、
おそらく、憧れの大スターとの共演を前にした「エキサイト」は、
光栄さから来る緊張と、
ワクワクするような希望の入り交じった、
深い尊敬の気持ち、というようなものではないか、
と思うのです。
緊張感と情熱と気合いの混合体、のようなものが
「興奮」と訳されているのかな、と思うのです。

憧れの大スターは、「高見にある存在」です。
自分がその、限りなく高い場所にいるはずの存在に
ある意味「触れる」ことは、即ち
「自分の世界」の外側に出て行くようなことではないかと思います。
自分の住むちいさな世界から、
もっと大きな「外側の、未知の世界」へと
連れ出されるようなことなのだろうと思うのです。
そこでは、新しい名前が与えられ、
新しいアイデンティティを培うことを求められます。
2017年の射手座の人々が経験するのはおそらく
そういう経緯の「エキサイト」だろうと思います。
これが可能になるのはひとえに
貴方が2015年頃から、ひたむきに闘い続けてきたからです。
貴方の努力こそが、2017年、
貴方自身を新しいステージにぐいっと押し上げてくれることになるのです。


「過去は変えられない」
と信じられています。
でも、実際「過去」ほどに
コロコロ変わっていくものもないような気がします。
たとえば「石碑」が建てられるのは
その一つの証拠なのかもしれません。
どんなに偉大なことも、
どんなに大きな出来事も、
人間の生きる時間の流れの中では
おどろくほどすぐに忘れられてしまいます。
それをよく知っていたからこそ
昔の人々は「石碑」を建てたのだろうと思います。
その石碑も風雨にさらされ、文字が削られて
やがて読めなくなり、うちくだかれて
忘れられてしまうことになります。

忘却や記憶違い以外にも
「過去の変化」はあります。
たとえば、私たちは今が望ましい状態だと
「過去に起こったことはみんな、
この望ましい状態に至るための、
必然的な道のりだったのだ」
と考えます。
一方、今が望ましくない状態ならば
「過去に何か原因があったのだ」
「過去の選択が間違っていたのだ」
というふうに、
過去を「悪・失敗」と解釈します。
更にその状況が好転して、
日々を満足して過ごせるようになると
「あの時は辛かったけど、
あの辛い時期があったからこそ、今があるのだ」
と、全ての過去の意義が反転するのです。

私たちは「今」と「ほんの少し先の未来」を基準に
過去の持つ意味を次々に読み替えていきます。
これは個人の生活に止まらず、
歴史自体が、そのようにできています。
歴史は全て、勝者の手によって作られる
と言われます。
古代には常に勝利した支配者が歴史を編纂していたので
たとえば、異なるルーツを持つ為政者が製作した歴史書は、
必ずしも相互に整合しないのだそうです。

中には、
「私は、過去に起こったことは全て必然だと思うし
未来への糧とするしかないと思っています」
と言う方もあります。
たしかにそうです。
この考え方は、たぶん、
多くの人に採用される所だろうと思います。
ただし、この考えを「全うする」には、
ひとりひとりが自分で絶対にやらなければならない、
大事な作業があるのです。
それは、
自分個人の歴史という、あくまで個別具体的な物語を
自分の手でちゃんと辿って、解釈する
という作業です。
過去に起こった個別のことを吟味しないまま、
まるで外側からシートのようなものでくるみこむように
「すべてが未来の糧だ」
と片付けてしまうことは、できないのです。
自分の物語を細部までちゃんと読み込んで
その深い解釈として
「これは、今の自分のために必要なものだったし、
これからの自分にもきっと、意味があったのだ」
と、はじめて価値を授けなければならないわけです。

ポジティブな考え方を示すアフォリズム(箴言)には、
様々なものがあります。
どれも大変役に立ちますが、
それらを利用するときには、どうしても
「自分の歩いてきた、自分だけの道のり」
というものへの深い理解が必要になります。
過去にフタをするように、
ポジティブな箴言をぺたりと貼り付けて
そこから未来に向かうことが出来るか、というと
けっしてそうではありません。
もとい、そういうことが必要な場面もあります。
ややこしいことはとりあえずおいておいて、
とにかくがむしゃらに進むべき時
というのも、人生にはたくさんあります。
でも、2017年という時間は少なくとも
蠍座の人々にとって
「自分だけの物語」の
解釈と意味づけが必要な時間だろうと思うのです。

2017年、蠍座の人々はもちろん、
とても前向きに前進し続けます。
胸は希望に膨らんでいるはずですし
なにより、2015年頃から育て続けて来たものが
とても深く根を張り、幹も丈夫に大きく育って、
安定的に実をつけ始めることに
ゆたかな喜びを感じられるだろうと思います。

だからこそ、なのかもしれませんが
「ここまでの道のり」を、心の奥底で
深く辿りなおしたくなるようなのです。
中には、過去に挑戦して失敗してしまったことに
再度、挑戦する人もいるかもしれません。
ここで成功を収めることができれば
すなわち、過去の失敗の意味も、大きく変わります。
最終的には成功を収めるための、
絶対に必要な通過点としての失敗だった
ということになるからです。
そして実際、そのとおりなのです。
私たちが過去を現在から逆算して意味づけるのは
決して、過去をゆがめたりごまかしたりする
ということではありません。
むしろ、「今」という時間を使って
全力で過去に意味を与え、
そこからさらに、未来に向かうための力を得る
ということをしているのです。
過去は、単に「過ぎ去ってしまった時間」ではありません。
歴とした「人生の、生きている一部」です。
私たちが今を生きている限り、
過去も生き生きと生きていて、
今が変われば、過去もまた
生き物として大いに変容していく可能性があるわけです。

誇りも、自信も、ルーツや愛情も、
すべて過去に根っこを持っていて
過去によって常に意味づけられ、価値を与えられています。
2017年、蠍座の人々の多くが
「今目の前にあるもの」と過去との深い関係に気づき
その関係の中で、大切な変容を遂げることになるでしょう。
たとえば、買い物などで
「手に入れたもの」も
過去の欲望の結果です。
「手に入れたもの」がタンスの肥やしになってしまえば
過去の購買行動は「無駄づかい」にしかなりませんが
「手に入れたもの」の役割をみつけ、
頻繁に使う様になれば
過去の購買行動は「お宝ゲット」ということになります。
ここまでに手に入れたもの、実現したことのなかで
「まだ使い途を定めていないもの」
「『その先』を描けていないもの」があれば、
2017年、貴方は「その先」を見つけることにより
過去の出来事の意味を変えていくだろうと思います。
これはごく卑近な例ですが、
もっとダイナミックで深遠な物語の中で
蠍座の人々は、自分が今まさに生きている物語の
新しい筋道を見つけるのだろうと思うのです。

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[時期について]

1月は愛と創造の季節です。
愛に強い追い風が吹きますし、
クリエイティブな活動にも、チャンスが巡ってくるでしょう。
とても楽しいタイミングでもあります。
好きなことに「没入」できそうです。

2月は仕事や対外的な活動において
ずっと頑張って来たことがいい意味で「化ける」かもしれません。
意外なところからお声がかかったり、
思いがけない賞賛をもらったりできそうです。
さらに、2月から3月は非常に忙しい時期でもあります。
これでもか!というほど、走り回らされるかもしれません。
この忙しさは5月のストーリーと繋がっています。
おそらく、この時期の忙しさを通して
貴方は自分が担うべき役割や適性について
新しい知見を得るでしょう。
この時期の調整によっては、
日常生活やルーティンワークを
今の自分にフィットしたスタイルへと、
根本的に変えてしまうこともできるはずです。

4月は愛に不思議な追い風が吹きます。
いつもは表からだけ見ている愛を
裏側から見てみよう
というようなことができるかもしれません。
あるいは、お互いの役割分担を反転させて、
より、理解が深まっていくのかもしれません。

5月は感応的・官能的な時期となっています。
世の中と「感受性」「身体性」によって向き合い、
得るものが多いかもしれません。
また、誰かが素敵なギフトを贈ってくれる気配もあります。
パートナーや関係者の経済活動にも
変化が起こりやすいときです。

6月は遠出したくなるかもしれません。
遠い場所から「呼ばれる」ようなこともありそうです。
また、向学心に火がつくときでもあります。
人と素敵な出会いに恵まれ、それが
未知なる世界への入り口となるのかもしれません。

7月から8月は、非常に忙しい時期となりそうです。
大きなチャンスが巡ってきたり、
努力が認められた結果、
新しいミッションがスタートしたりするでしょう。
特に「これまでやってきたこと」に
強いスポットライトが当たるようです。
過去に固執することなく、
過去に自信を持つことが大事です。
8月はかなりドラマティックな形で
社会的な肩書きが大きく変わる人も少なくないでしょう。

9月は大きな希望が生まれます。
やりたいことができる可能性が出てきますし
仲間にも恵まれるでしょう。
新しい夢に出会う人もいそうです。

10月は、貴方の星座に木星が入ってきます。
木星は「成長と拡大の星」で、
ここから2018年に跨がって、
貴方は大きな飛躍の時間を迎えることになります。
木星の時間は
「自分の可能性の畑を耕し、
その先12年をかけて育てて行ける幸福の種を蒔く」
時期であり、
一見、更地のように「何もなくなってしまった」ように感じる人もいるのですが、
そこは決して更地ではなく、
春先のポカポカ湯気を立てて新しい種を宿している、
活力と可能性にあふれた、フレッシュなフィールドなのです。

11月は希望や野心がどんどん膨らむときです。
これまでやってきたことと、これからやってみたいことを
手あたりしだい、パズルを確かめながらはめていくように
つなげようと試みられる時です。
ベストのコーディネートを探そうとするときのように、
部屋が一瞬、とっちらかった状態になるのは、
決して悪いことではありません。
どれだけ選択肢があるか、一度全部出してしまおう!
というような、華やかなタイミングです。

12月は一転して、すうっと焦点を絞れるようになります。
無数の可能性のうちから「本物」を探し当て
それに向けて一直線に進んで行く計画を立てられるでしょう。
さらに、2015年頃から経済面で
ひたむきな努力を重ねてきた人は
この年末、一連の努力のプロセスが「一段落」します。
3年前には何もなかった場所に、今では素晴らしい水路が引かれていて
これ以降はその水路から流れる水で、
ずっと貴方の生活を潤し続けることができるでしょう。

[愛について]

年明け早々、素晴らしい愛の季節となっています。
2017年の蠍座の「愛」の山場は
まず、1月から2月の頭に置かれているのです。
フリーの人も、カップルも、
精神的な結び付きを得て、
素晴らしい時間をすごせるでしょう。

さらに、2017年は
愛にとって救い・救われる
ような体験が出来る時でもあります。
前述のことは、愛がきっかけとなって実現するのかもしれません。
誰かと深く愛し合ったとき、
人は「生まれてきて良かった」と感じることがあります。
この世に生きていることをゆるされている
と感じることもあります。
愛し合う人々は、見返り無く相手のためを思い、
相手を支えるために動きます。
そうした行動そのものが、
人の心を救うことがあります。
愛は、人に対して
「ここにいてもいいよ」という
無限の承認を与えます。
私たちは自分がどこから来たのかも、どこに行くのかも解らずに産み落とされ、
なにもわからない世界と対決しながら生きることを強いられますが
そんな中で、愛を通してだけ、
私たちは
「無限の世界に自分も受け入れられた」
という不思議な実感を得ることができます。
2017年、そうした「愛の実感」を、
蠍座の人の多くが感じるだろうと思います。

愛に追い風が吹くのは他に
6月、8月、11月から12月です。
2月は不思議な形で「愛が生まれる・甦る」ような節目です。
10月は、愛が貴方の世界に「流れ込んでくる」ようなことも起こるかもしれません。


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「気の持ちよう」「心のありよう」で、幸不幸は変わる
という説があります。
確かにこの説には、一抹の真実があります。
でも、まるごと納得できるかというと
そうでもないな、
と思う人もいるだろうと思います。
今この瞬間の気持ちをムリヤリ変えてしまえば
すべて薔薇色に見えてくる
というのは、
ある種のゴマカシのような気もします。
おそらく
「気の持ちよう」「心のありよう」を変える
ということは
そんなに簡単なことではないのです。
それはたとえば「生き方を変える」「過去の解釈を全て変えていく」ような
気の遠くなるほどの、心の営為です。

私の大好きな児童文学に『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ)という作品があるのですが、この作品の中で、
空想好きな主人公の少年が
ファンタージェンという「おとぎの国」のような場所にゆき、
空想の赴くままに「新しい物語」を作りまくります。
でも、実はこの世界から元の世界に戻るには
全ての物語を「おわらせる」ことをしなければならないのです。
無数の物語を全て完結させるなど、不可能だ、と
主人公は絶望しかけますが、
ファンタージェンで得た「友だち」が、
その厄介な役割を買って出てくれたお陰で、
晴れて元の世界に戻ることができたのでした。

主人公のバスチアン少年は、もともと、
家庭では不幸に見舞われ、学校ではいじめられるなど
あまり幸福な生活を送っては居ませんでした。
でも、ファンタージェンから帰ってきたとき
彼を取り巻く状況はすくなからず
前向きで明るいものに変わっていました。
バスチアン自身の変化によって、
彼の父親や周囲の人々もまた、変化したのです。

このお話の中で
「過去の物語を全部終わらせていく」
ということは、どういうことなのだろう、と
私はかねてから、不思議に思っていました。
でも、たぶん
「幸せかどうかは、その人の気の持ちようで決まる」
というのはもしかすると
この
「想像で生みだした過去の物語を全部完結させる」
ということに、繋がっているのではないか、と
最近、疑っているのです。
であるならば、それは
「ちょっと気持ちを変える」などという気軽なことではなく
途方もなく遠大な作業と言わねばなりません。

それでも、私たちはけっこう
そういう作業をやってきているものなのだと思います。
2017年の蠍座の人々もまた
過去に起こった出来事や、人知れず抱えてきた悩みや不安、
慢性的な傷など、
他人のそれとは決して比べたりできない、
絶対的な自分の内なる何事かについて
「お話を完結させる」ことができるのかもしれません。
それによって、あるべき世界に戻り、かつ、
あるべき世界の風景まで
明るく新しいものに変えていける、ということなのかもしれません。

ある種の重荷や縛りから
「解放される」ということが
2017年の蠍座の人の大きなテーマです。
この「解放」あるいは「ゆるし」がどこからくるのか、
それは、貴方にもわからないところがあると思うのですが
多分、愛する人と待ち合わせをして、
約束の場所まで自分から出向くように、
ある特別な地点で、そのことが
「眠りの森の美女」がキスで目覚めるように、
一気に展開していくのではないか、と思いました。

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