どーも!
イシファイヤーです。
全っ然更新してなかった。
まあ、気儘に書きたい時に書くスタイルで行きますので今後ともよろしくお願い致します笑。

さて
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FIREBIRDGASS DVD 「Sixteen」

見てもらえましたでしょうか?

ここにウチらの16年が詰まっています。
元メンバーみんなに出てもらえた事は本当に嬉しかったです。毎回、飲んだり食べたりしながら楽しんで話を聞いていました。今は自分と環境が違うメンバーも多く気軽に会う事も難しかったのでインタビューがキッカケとなって飲めて良かったです。


あと
完全ワタクシの趣味なんですが
インナーのデザイン
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これけっこう気に入ってます笑。Sixteenなんだけど"SICKS TEEN"、吐け口欲しさに若さに身をまかせてた頃、バンドとロックとパンクを知って、よりおかしくなったという笑。

なぜこういう映像を作ったかというのは作中で述べてますので割愛しますが、元々はこのブログを作ってファイヤーヒストリーを書いていて、なんとなく「これをこのまま作品にしたら面白いんじゃないか」って思ったのがコトの発端でした。"小中学の思い出のアルバム"じゃないけど、バンドをひとつの生き物としたらそんな感じのものがあってもいいんじゃないか、と。軽い気持ちでね。

映像に関しては、今は活動停止中のRUINってバンドでボーカルをやっていたニシにほぼお任せでやってもらいました。ニシはファイヤーの事を昔からよく理解してくれている人間なので安心してDVDの編集をお願い出来ました。
このDVDは(特典で配った裏Sixteenも含め)ニシと、BREAK THE RECORDSがなかったら成立しなかった事だと思っています。これからもオレたちのワガママは続くけど、きっと全部叶えてくれるハズ!笑


そしてDVDのライブツアーを組んで、各地でお世話になりました。
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このケーキ、メチャクチャ嬉しかった。
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※注・ライブハウス店内です(犯人はもうお分かりですね)

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ボデガースタジオ凄く居心地の良い場所だった。

そうして迎えたファイナルの二万電圧

やはり特別な意味のある企画でした。気付いた方も多いかと思いますが、目張りメイクをしているバンド大集合!って感じ。一回やりたかったんだよね笑。個人的な主観ですが、「可愛く見せる、綺麗に見せるメイク」じゃなくて、「カッコよく見せるメイク」をするバンドが好きです。例えメイクなんかしなくても、ロックの持つ毒気と色気を感じられるバンドが好きです。9/1はそんなバンドと来てくれた皆に囲まれて、最高に楽しい夜を作り上げることが出来ました。


しかし


この日だけでは無かった。

実はこの前日、個人的に弾き語りのイベントでライブがありました。
そこに集まったみんなは、FIREBIRDGASS初期の頃、一緒に対バンしていた仲間。昔は一緒に対バンしていたけど、歳を重ねて家庭や仕事で昔のようにバンドをガツガツやれない人もいました。
でも、何も変わってなかった。みんな、今の自分が出来る範囲でとことん楽しんでいた。月並みな言い方だけど、呑んで話していると16年前のみんながいて、16年前の自分がいる。関係性も、話す内容も、ずっと同じ。やれる頻度は減ったけどまだまだ音楽が大好きで、楽しい酔っぱらい達。人の性格は変化していくものだけど、人の性質は多分一生変わらないのかもって気付いたら、帰り道になんだか楽しくなってきた。

そんな後の感電GIGだったから、余計に気合入りました。いつも気合は入ってるんだけど、「楽しむ気合」っていうのが普段より強かった。みんなニコニコ楽しい!ってなりながらも、過激でハードなライブをする。演者だけでなくお客さんも含め、オレが昔から思うロックやパンクのライブってのはそんなイメージがあって。それをあの場にいた全ての人のおかげで実現出来たと思います。
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またひとつ自分の中のパンク筋が鍛えられた気がするな〜(実際そんな筋肉ないけど、あると思っていればあるんだよ)



そして次の日は福島県いわき市にてONA FES2018。
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海から程近い、自然に囲まれた丘の上がステージです。
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行った人はお分かりかと思いますが、あの場所にあれだけの機材と環境を整えてイベントを作り上げている運営パワー、管理能力の高さ。こりゃスゲーなと思いました。地元のライブハウスのスタッフだったり、各地方の仲間だったりが協力し合って作り上げてたライブで、演者として出させてもらって何のストレスもなかった。例えば、ゴミを片付けるスタッフが常に巡回してる。だから会場も楽屋もずっとキレイ。灰皿もキレイ。ここでもみんな自分のやれる範囲で出来る事をコツコツやっていた。当たり前のように見えてなかなか出来る事じゃないと思う。だからずっと続けて欲しいイベントのひとつだしまだ未経験な人も来年あたりフラッと行ってみて欲しい。たった二日間だけど天国みたいな場所が都内からそんなに遠くないところにあるんです。
この日の対バンは、ファイヤー的にはどちらかというと"初めまして"や、新しく知り合ったバンドが多かった。だから、この3daysは、まるでこの16年を3日間で駆け抜けたような錯覚があった。過去から現在へ。偶然なんだけど。全てのライブが終わった福島からの帰路、窓の外に流れる景色を見ながらそんな事思ってた。


さて

夜は虫も鳴いてるし、涼しくなってきた(今)。もうすぐ平成最後の夏が終わります。
でもMEAN THE SIXTEEN TOURは終わりません(しつこい笑)。
ここからact.2の幕開けです。

そもそも
なんでこんな形のツアーの組み方になったかというと、オレたちのツアーの組み方がアホだったからです笑。
最初にファイナルを決めちゃったんです笑。
それが先日の9/1。
そこから予定を組んで、各地の友達にライブのお願いをしていたら、やはり上手くスケジュールが合わない場所もあり、9/1以降もツアーが続く事になったんです。ROAD TO BURST CITY TOURの時もact.1,2に分けてたから、今回もこれで行こう!となりました。
今度から気を付けます笑。

なので
まだまだ続きますよ!!

FINAL act.2は
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これです。
ここにFOODでバリ食堂が追加になりました!バリ食堂、マジで美味しいですよ。

今月下旬には京都、大阪にも行きます。
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9/22京都はピアノガールのレコ発も兼ねての3マンです。3マンなので長めにライブ出来るし、しっかり見せつけて来ようと思っています。
9/29大阪は1stのツアーでもお世話になったFIVE NO RISKの企画。大好きなボーカリストのひとり、テッペイがいるバンド。今の日本のバンドって良いボーカリストが多いと思いませんか?いわゆる別の世界は知らんけど、少なくとも身近なバンドを見ていてオレはそう感じる。それが凄くイイ。「ヨッシャ!やるぜっ!」って気持ちになる。この日も絶対熱い日になるから遊びに来て!!



ここからは個人的なお話…
「ツアー」という言葉をたくさん使いましたが、週末だけ利用して単発で遠征ライブに行くのはホントのツアーとは呼べないな〜と思っています。ツアーと言えば、一週間二週間出ずっぱりは当たり前、もっといえば何ヶ月も出っ放し!っていうものだと思うし。
でも現実的に今のメンバーの生活状況を踏まえたらそれは無理です。もし全部捨てる覚悟でやろうとしたら、出来なくはないけど、代償として間違いなくFIREBIRDGASSは現世から消える事になるでしょう笑。それは嫌なので。まだやりたいからね、このバンド。だから、出来る範囲の120パーセントをやろうと思ってます。

あー
でも
一ヶ月とかぶっ続けのツアー
やってみたいなあ

メンバーのみんなで宝クジ買うしかないか?それか万馬券狙いか?パチンコはもうダメだよね。初代GAROが恋しいです!

笑。

というわけで。
またライブハウスで会いましょう!
人生は一度きり。
「やりたい事」じゃなく「今やれる事」
思いっ切りやろうぜ!

そしたら、いつのまにか
やりたい事に手が届くようになってるはずだ。

まだまだ諦めねぇよ。

Yon only live once.

see you!!

ishifire


2016年が明けてすぐ、NO EXCUSEとの「光炎万丈TOUR」が始まった。初日は渋谷DISK UNION店舗内でのライブだった。ソノシート付きセット購入者特典の無料ライブだ。ソノシートを作るにあたり、ご存知の通りTHE STALINのSTOPJAPをカバーさせて頂いたのだが、そこに至る経緯にて、ミチロウさんにカバーの許可を得る事が出来たのは本当に嬉しかった。自分がこのバンドを始めるキッカケとなったのは紛れもなくTHE STALINだ。初めて見たのは2001年の渋谷オンエアーイースト。21世紀に入って初めて見たライブが俺のスターリン初体験だった。あれから約15年が経ち、持ち曲を本家公認で、しかも自分やっているバンドでカバー録音出来るなんてファン心理としては最高にハッピーな事だ。光炎万丈のおかげで現実にする事が出来た。この機会をくれたNO EXCUSE、BREAK THE RECORDSに大感謝なのである。
4gOAz366uK.jpg特典ソノシートは、NO EXCUSEがStoogesの"Search and Destroy"、ウチらはTHE  STALINの"STOPJAP"のカバーとなった。両バンドとも物凄く「らしさ」が出ていて、バランスの良いパンク・ソノシートだと思う。手に取ってくれた若い世代の人も、これをきっかけにお好きなようにディグってもらって、昔のパンクもたくさん聞いてもらえたら嬉しいです。ただのいちパンクファンより。

ライブの話に戻ります。
渋谷DISK UNIONは店舗にレンタル機材を持ち込み、ライブを敢行するスタイルだった。
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レンタル機材を借してくれたスタジオ。広い。
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休憩室もゲストルーム並みに豪華で広い。コーヒーが飲み放題。

この日はステージ組み立てからバラしまでを限られた時間の中で回し終えなければならず、張り詰めた空気の中での進行だったが、その雰囲気がより一層緊張感に拍車を掛けた。気温がとても低く凍えるほどだったのを覚えている。そんな寒さの中、想像以上の人が集まってくれて、色濃い時間を作る事が出来た。渋谷DISK UNIONが一気に灼熱地獄のライブハウスへ!
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NO EXCUSE
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FIREBIRDGASS
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最初から最後までエネルギーが途切れることなくテンションは常にMAX。しかし店舗破損はゼロ。お見事!

片付けが終わる頃から雪がちらつき始め、この日は皆早めに解散した。降り積もる雪の中、残った人間で高円寺に移動し打ち上げ。朝方になるともうかなり雪が積もっていて、誰が発端かは分からないが、メンバーと本気の雪合戦をした。AM5:00の高円寺の街。酒と思い出が"残る夜"となった。

その後もツアーは続いた。アンコールツアーを入れても全部で9本というショートプログラムツアーだったが、ツアー経験の少ないFIREBIRDGASSにとっては充分すぎる収穫となった。NO EXCUSE、そしてツアー各所で出会ったバンドは俺達に大きな刺激と効果をもたらした。詳しくは光炎万丈TOUR FINALで特典として配ったツアーダイジェストのDVDを見ていただければこのツアーがどんなものだったのかが分かるだろう。
(ちなみに今年もやります、光炎万丈。詳細はまた後程。)
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非売品。見応えのあるdvdなので、機会あればどうにか手に入れてください笑。

ツアーが終わると、次の目標は新しい単独音源の制作だった。新旧の曲を合わせると10曲以上は出来ていた。満を持しての1st Albumである。時期的に、フルアルバムリリースに向けて動き出すには申し分なかった。早速、6月下旬よりstudio ZOTにてレコーディングを開始した。当初の発売予定は12月中旬、レコーディングは10月までに終わらせる計画で進めていた。しかし計画通りすんなりいかないのがFIREBIRDGASS、見事にハマってしまい、時間を使い過ぎてしまった。結局、予定がズレ込んで当初決めた発売日を変える事になった。ここでレーベル側から「どれだけ時間掛かってもいいから、納得いくものを作って欲しい」と通達があった。安藤シャチョーの漢っぷり最高である。おかげで1st Albumは「今までのFIREBIRDGASSを総括したベストアルバム」的なイメージに仕上がった。リメイク曲が多いのも理由のひとつだ。

そんなこんなでバタバタのレコーディングをしながらでも、ライブ活動は緩めなかった。おかげで4人で居る時間も増えて、より深い話が出来るようになった。このあたりのライブになるともう記憶に新しい方々も多いと思うが、BUSHBASHでのツーマン、オールナイトの木更津、ONA FES、滋賀ツアー、Memory Lane、多摩センター三角広場、新庄仙台2daysツアー、ACROSS THE BORDER、FEEL THE PUNK BLAST、NO EXCUSEとの共同企画"光炎万丈"などがあった。他にも数え始めたらキリがない、どれも楽しい記憶として残っているライブがいっぱいである。

年が明けて2017年1月
1st full Album「THIS IS FIREBIRDGASS」をBREAK THE RECORDSよりRelease。
ツアーは全部で22本。
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スケジュールなどは画像の通り。
このツアーについては今ここであれこれ書くのは控えようと思います。なぜなら…!!ここからはシークレットで。あとのお楽しみです!

さあ、いよいよ現在に追いつきました。
今も、相変わらず楽しく、時に苦しくもがきながらやってます。またいつか今の活動をこうして書く事が出来るように、気合入れてやっていくだけですね。
もう脱退とかないように願ってます笑。
バンドは楽しい。何年やっても飽きない。もちろん難しい部分もあるけど、だからおもしろい。
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ここまで読んでくれてありがとう。
じゃ、また「ライブハウス」で乾杯しましょう!



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THIS IS FIREBIRDGASS


01.FIRE STARTER
02.SUNDIAL
03.パンクスは豚小屋で産まれた
04.ドッペルゲンガー
05.人間牧場
06.Little Boy
07.ENOLA GAY
08.ANTI
09.愛鈍脳
10.限界突破2017
11.YOU ONLY LIVE ONCE
12.ONE FOR THE ROAD


Thanks.

ishifire



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編集後記


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いや〜どうもどうも。
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございました。長々と書き記して参りましたが、このバンドの15年が少しでも伝わったのなら本望です。

ブログは結構楽しんで書いてました。記憶を掘りおこすという作業は、こんなことでもない限り普段やらないからです。色々ありましたが、やめずに続けてきて良かったです。おかげで少しだけメンタルの強いバンドに成れた気がします。自分はバンドマンとして自身を置く環境に恵まれました。たかが15年選手のバンドマンの戯言ですが、間違いなく今の自分を形成するにあたって核となったものは音楽であり、パンクロックであり、FIREBIRDGASSであり、高円寺20000Vと東高円寺二万電圧であり、そこで出会った全ての人達でした。

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十代の頃に初めて聴いたパンクロック。親や家族ならまだしも、話したこともない、会ったこともない人の歌を聴いて、こんな風に生き方が変わってしまうのだから音と言葉の持つパワーって本当に凄いと思います。だからある意味危険でもありますが、本物の芸事が持つパワーって自分自身や誰かの人生をハッピーにするか、または跡形もなくぶち壊すか、それに尽きると思います。

ここまで書いてきたものは今の俺の捉え方であって、ひょっとしたら将来的に変わるかもしれません。無責任ですが、それは進化or退化or変化ってことで勘弁してください。退化はしないように頑張ります笑。

最後に

好きな言葉があります。
上手くいかない時、俺は何度も背中を押してもらいました。
じゃがたらというバンドのアケミさんの言葉です。知り合いでもないし会ったこともありません。じゃがたらを知った時にはすでに他界されていました。

でもこの言葉は生きていると信じています。




「俺は俺のロックを演る、お前はお前のロックを演れ」

「やっぱ自分の踊り方で踊ればいいんだよ」




2017年11月9日
ishifire

STAY PUNK!!!!!

STAY FREE!!!!!

.
.
.
.
.
.

END.

2ヶ月の入院生活を終え体調もかなり良くなり、めでたく2014年2月下旬、退院。しかしまだ通院治療は残っており最初の年は三ヶ月に一度、一年後からは半年に一度、最後は一年に一度というスケジュールで病院へ通うことになった。屋外の開けた場所にある病院のベンチに腰掛けて食堂で買ったソフトクリームを食べながら風景と人を見るのが好きだった。この時からずっと吸っていたタバコをやめた。やめると料理が美味しく感じたり身体の調子が良くなるというが違いはあまり分からなかった。

何をしていてもずっと心に引っかかっている事があった。それはTSUMUさんの事だった。新しい年が明けてしばらくしてから、TSUMUさんの私生活が忙しくなり、バンド活動をしていくことが難しくなってしまった。話が前後してしまうがTSUMUさんは数年前、諸事情により家と仕事を無くしてしまい、俺の家で一緒に暮らした事があった。それはある意味とても楽しい日々だったが、当然そんな暮らしは長く続かない。それからしばらくしてTSUMUさんは1から出直す新生活を始め、身の周りの環境をバンドから仕事へシフトチェンジした。それでも何とかバンドを続けてこれたが、それが厳しくなってきてしまったというわけだ。俺はTSUMUさんを心から応援していたし、なによりFIREBIRDGASSを無理してやって、再びTSUMUさんの生活が成り立たなくなるのを見るのは嫌だった。

今までやってきた中で、ここが一番重要なターニングポイントだったように思う。これからどうやっていくか決めなくてはならない。しばらく悶々とした日々を過ごし、想いをカタチにするためには行動しかない事に気付く。早速、大きく分けて2つのビジョンを作った。
1.FIREBIRDGASSはTSUMUさんが無理なく動けるペースで残して、そのかわりにガッツリ動けるバンドを新規結成する。
2.ここにきてFIREBIRDGASSをユルくしていくのはカッコ悪いのでもう割り切って他のベーシストを探す笑。
こう見て、1と2どちらにもベーシストは必要だから、とりあえずベーシストは探そうと動き出した。一人で始めるメンバー探し、抑えきれない初期衝動。まるでFIREBIRDGASS結成前と同じだった(今だから言うけど実はどちらかというと俺の心は1のビジョンに傾いていた)。そこで思いついたのがKENZIだ。またバンドを始めるならKENZIと始めてみたかった。この時の自分はもうひとつの新たなFIREBIRDGASSを組もうとしたんだろう。今考えれば無謀すぎる笑。
ほとんど連絡を取っていなかったので少し照れくさい気持ちもあったが、KENZIの番号にCALLした。そこで諸々の話を軽く伝え、今度は俺からのアポで14年ぶりに待ち合わせの約束をした。

春だというのに汗ばむ陽気だった。新宿歌舞伎町の喫茶店で俺達は再び出会った。かなり久しぶりだったが、お互いほとんど変わっていない。挨拶程度に雑談した後、KENZIの近況を聞いた。KENZIはアコースティックバンドを組みアコーディオンをやっていたがベースは弾いていなかった。俺は単刀直入に、もうベースはやめてしまうのか聞いた。KENZIは「弾ける場所があるのならベースは好きな楽器だしやりたいと思っている」と答えた。その後、今度は俺が自分の気持ちを伝えた。「どんなバンドになるかは分からないがガンガン動けるバンドを作ろうと思っている。そこでベースをもう一度弾いてみないか?」少しの間のあと出た答えは「OK、やるよ」。俺達は何度も失敗した二人。実際、二回別れている。ひどい時は下北沢BASEMENT BARでライブ直前、登場seの鳴る中、楽屋で掴み合いになった事もあった。でもまあ、それも全て二十代の話。お互いに齢を重ねて見える部分も変わった。だから今度は上手くいくと思った。「二回脱退してるから三度目の正直だね」なんて笑い話をしてコーヒーを飲み干した。また動きがあれば連絡すると伝えて二人は席を立った。

FIREBIRDGASSはYOSSY加入の話が着実に進んでいた。方南町のファミレスに集まって一晩中語った。同じ歳で共通認識が多く沢山の話題が噛み合い良い感じにシンクロした。YOSSYはFIREBIRDGASSの強みと弱みをあらかじめ心得ている人だった。そしてドラムだけでなくバンドのプロデュースも出来る人間だ。今現在も、様々な局面で一番多く会話をして気持ちを共有しているメンバーである。

表向きの部分では前メンバーでのFIREBIRDGASSで俺の復帰ライブをやり終えた。
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しかし裏ではTSUMUさんが本当にバンド活動が出来なくなってしまった。正確にいうと、仕事の都合で先の予定を全く立てられない。ライブを一本も入れられないのである。月一本でもライブが出来ればまだ良かったが、それすらもNGだった。しかも、いつまでその状況が続くのかも分からない…それはつまり「FIREBIRDGASSの無期限活動停止」を意味する。
さすがにこれには参った。YOSSYが正式ドラマーに入ってすぐ活動停止はありえない。
俺は自分の気持ちを素直に話した。
「俺は止めたくない。」
TSUMUさんの答えは
「正直もうバンド自体やれない。」
こうして、TSUMUさんの脱退が決まった。やるべき事をやらずしてやりたい事はやれない。バンドをやっていればよくある仕方ない事。仕方ないという言葉は諦めているようであまり好きになれないが。
ちなみにYOSSYの初練習に入った時、ベースはまだTSUMUさんが弾いていて、いつもより少し緊張感のあるスタジオを終えた後、TSUMUさんがYOSSYにこの話をした。「YOSSYをFIREBIRDGASSに誘ったのは俺だけど俺がFIREBIRDGASSをやれなくなっちゃったゴメン〜」って。詐欺か笑。YOSSYは冷静に「え?まじすかーまあ俺はやりますけど」って感じで一瞬で終わった笑。さすがですな。
TSUMUさんはここで長いバンド生活を終えた。ホントはちょっぴり寂しいけれど、たまーにライブを見に来てくれたり、飲みに行ったりしています。今はいい先輩であり友人です。
7月、TSUMUさん&辰嶋さん脱退。このメンバーでのFIREBIRDGASSもマジで楽しかったぜ!お世話になりました!
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ラストライブ後の一枚。

結果的に頭の中で描いた二つの構想が一つになった。一連の話をKENZIに伝えると、「俺がイシとバンドやるなら、やっぱりそこはFIREBIRDGASSになるんだな」との答え。なんだそれ、カッコいい。まさかこんな事になるとは思いもよらなかったが、まあ結果オーライということで笑。FIREBIRDGASSのベーシストにKENZIが再々加入した。

7月1日。下半期の始まり。
長い前置きになったが、こうして今のメンバー四人が揃った。

ここからはただひたすらに練習して新体制に曲を馴染ませた。
そして迎えた10月。二万電圧でデビューライブを飾った。FIREBIRDGASSという冠は変わらないが、まるで新しいバンドを組んだかのような錯覚がした。それほど何かが違った。理由は分からない。だんだん楽しくなってきてライブ本数を自分達の出来る限界まで増やした。その勢いをそのままパッケージングしたものが現メンバーでの初音源となるep"Calling Card"。名刺代わりの一枚。
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これまであまり地方には縁がないバンドだった。しかし、新メンバーYOSSYの人脈の広さも手伝って、わずかな本数だがCalling Cardリリースツアーを組めた。

2015年が明けて半年が経っても相変わらずライブ、ライブ、ライブの日々。
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物販はYOSSYが全て担ってくれた。次々に出る新作。
これ全部D.I.Yで手刷りなのだ。次はどんな新作が仕上がるのか?メンバーだけど実は俺も結構楽しみなのである。
そして6月某日、梅雨の始まりの頃。そんなYOSSYから一通のラインが来た。「NO EXCUSEとスプリットを出そうって話がある。」そのスプリットに対してのYOSSYの熱い想いを聞いた。俺にとってもNO EXCUSEメンバーはそれぞれ前のバンドの頃から知っていたので感慨深い話だった。だいぶ昔、TSUMUさんと加藤さんが同じバンドをやっていて、感電GIGに出演してもらった事もある。だから俺に断る理由なんてない。「光炎万丈」のリリースが決まった。(タイトルの由来等については以前FOLLOW UPでのインタビューで答えているので割愛させていただく。)
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8人で撮った迫力のアー写!

そのスプリットに向けて早速曲を作り始めた矢先、またも俺に不運が…。バンドが勢いづいて行く渦中、前しか見えない時、人間そんな時が一番危ない。普段なら落ちないような落とし穴にハマる。初台でライブ中に右鎖骨を派手に骨折してしまった。本番中、右腕が全く上がらなかった。なんとかやりきったが服を脱ぐと右肩の骨が上に出っ張って盛り上がっていた。こいつはマズイとそのまま近くの救急病院へ。そしてまたもや入院→手術。以前、名古屋で右拳骨折、結核の胸膜炎も右肺、そしてこの右鎖骨遠位端粉砕骨折と、自分の右側ばかりに災いが起こるのでお祓いに行こうかなと思った(行ってないけど)。手術した次の日、モヤモヤした気持ちを払拭すべく左手で歌詞を書いてメンバーに送ると、その日の夜にYOSSYから少し訂正したものが送り返されて来た。そのやりとりを繰り返しているうちに、一つの作品を生んだ。泥まみれの心が呼んだ歌。やがてその歌は「プライド」というタイトルになった。

一週間後、退院した次の日にライブが入っていた。何の因果か、会場は病院から徒歩10分くらいのところ。片手でぐちゃぐちゃに髪の毛を逆立てて会場に向かった。メンバーが心配してくれて、ミーティングの末、一曲だけ四人でやろうということになった。他はなんと俺以外の三人でライブをやった。幻のライブである。それを俺はフロアから見ていた。まさかFIREBIRDGASSのライブをお客さんと同じ目線でフロアから見る事になるとは。歌も演奏もガッタガタだったけど、俺は嬉しくてニヤニヤが止まらなかった。
幻の3pファイヤー。

俺はラストの「SUNDIAL」だけ参加した。
このライブは一生忘れる事はないだろう。

11月。新企画を立ち上げた。企画名は「ACROSS THE BORDER」。よくある「ジャンルの壁を越える」とかそういう想いも無くは無かったけども、個人的にはジャンルに壁があってもいいから笑、とにかくみんなで騒いで正体不明な楽しい事がやりたかった。この企画は「意味わかんないけど面白かったなー」って言えたら自分の中では成功だ。ある意味チャレンジ要素が大きいので不安もいつもの2倍増しだが成功した後の嬉しさも2倍増しだ。今まで作り出した事のない景色を見たかった。
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毎年続けたいと思います。

2015年も暮れに近づいた頃。
NO EXCUSEとのsplit CD「光炎万丈」をBREAK THE RECORDSからリリースした。
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リリース後に決まったツアーは少ない本数ながら今に繋がる色濃いものになる。自分たちにとって「光炎万丈」の存在は大きかった。
FIREBIRDGASSは「イカレタ夢ノImitation World」、「プライド」、「You only live once(early type)」を収録。

こうして激動の2015が暮れていった。

次回最終回
「2016-NOW」

(つ づ く)

ishifire

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