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児童虐待の根絶に向けた要望書

~こどものいのちはこどものもの~

目黒区で船戸結愛ちゃんの虐待死という大変痛ましい事件が起きました。

そして過去たくさんの虐待のニュースも報じられてきました。

虐待のニュースに向き合うのは大人でもとても辛いことです。

しかし、今この時も虐待に傷つき脅かされている命があることを思うと、大人がそんなことではダメだと深く反省しました。

こどもの命を守ろうと大人が声をあげなければいけないのです。こどもは自分でなかなかSOSを出せませんから。

勇気を出してSNSで声をあげたら、本当にたくさんの方が同じ思いだということがわかりました。その声は数百万人以上にリーチしています。

こどもを持つ人、こどもを持たない人、過去虐待された人、虐待しそうになった人、してしまった人。

「普段社会問題や政治的なことはつぶやかないけれどこれはおかしい」という人もとても多い。

みんな向き合う決意をし、社会全体が虐待に対し意識を高めること、そして虐待がなくなる政治が行われることを切望しそのために声をあげています。

言うまでもなく、児童虐待は決して許されるものではありません。しかしながら、この最悪の状況を生み出した原因は「親の資質」だけでしょうか?

児童虐待は、家庭の経済状態、地域・社会からの孤立など複合的な要素が絡み合った結果だと、これまでのケースを見ても明らかです。

つまり、児童虐待は誰にとっても決して他人事ではなく、この問題を無くすことは今の社会に生きる大人たち全てが共通に課せられた責任なのです。

今まさに危険な状況にある「こどものいのち」を守るために、問題家庭に早期介入し、こどもを一時保護するなどの体制整備はもちろん急務であります。しかしながら、それは既に発生している問題への「対処療法」に過ぎません。

私たちが本来目指すべき社会とは、虐待そのものを起こさない社会です。


子どもは、朝4時に起きて反省文を書かなくていいのです。

寒空の下ベランダに放置されなくていいのです。

お腹をすかさなくていいのです。

どの親の元に生まれても、愛情をたっぷり受け、お腹いっぱいご飯を食べ、心ゆくまで遊び、適切な教育を受け、暖かい部屋で安心して眠り、安全に過ごせなきゃいけないのです。そんな社会でないといけないのです。

こどものいのちはこどものものなのです。

親の所有物ではないのです。

残念ながら今はそうではないこども達が何万人といます。社会を改善すれば救える命と心が山ほどあるのです。法律や制度の力は不可欠です。

私たちは、「こどものいのちはこどものもの」という言葉を掲げ、ソーシャルメディアなどを通じて発信し、児童虐待を決して他人事と捉えず、絶対に児童虐待を起こさせないという強い決意を持つ多くの人たちの決意を受け取りました。

私たちは、大人として、一市民として、児童虐待という悲劇を起こさない社会を作っていくための強い決意を改めてここに表明するとともに、その決意の下、そうした社会の構築に向けた要望を行います。

こどものいのちはこどものもの

ですが

こどもを守れるのは大人だけですから。


から始まる私たち、犬山紙子、坂本美雨、福田萌、ファンタジスタさくらだ、眞鍋かをりからの提案書

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そして
#こどものいのちはこどもの

に寄せられた膨大なみなさんの意見を全て
そしてそれらに多かった意見をまとめたもの
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厚労省副大臣牧原さんにお渡ししてきました。

牧原副大臣は、
こんなにもたくさんの人の気持ちがつまっているのですね、と。
同じ気持ちです、と仰いました。

予定の時間を30分ほどオーバーして真剣に私たちの意見を聞き、それに対してどのような対応を今されているのか、今後するのかお話されました。

児童相談所に専門的な要員を増やして欲しいという私たちの要望に、
児童相談所強化プランを元に、今目標に向けて増やしている段階だと(来年度までに550人増やす目標)仰っています。
児童福祉司は順調に増えているが児童心理司はなかなか苦戦していると。
私からはこの31年で終わりでなく更に強化して欲しいとお伝えしました。
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また、以前ツイッターで虐待しそうになった、してしまった方へのアンケートから見えてきた相談窓口のハードルを下げることの重要性もお伝えしたら、とても前向きに検討されている段階だそうです。

都とLINEの新たに相談窓口を作る取り組みにも注目されていて
(直接児童相談所へ相談LINEではなく、新たに相談窓口(かなりしっかりとした臨床心理に基づいた研修を受けた人)を作ることで、相談のハードルをぐっと下げること。
相談を受けることで未然に防げたケースを防ぎ
児童相談所でなくても大丈夫な案件を適切な方に振り分け
児童相談所が本当に取り組むべき問題に集中できる環境が作られるのではというものです)

さまざまな良き取り組みはどんどんとりいれていきたいとのことでした。

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また、この厚労省の資料のような妊娠期から切れ目のない支援も更に強化して頂きたいとお伝えしました。

まだまだ沢山お願いをしてきましたが、牧原さんはとても前向きに対応してくださったと感じています。

それも、たくさんの方々のつぶやきのおかげです。

今後も私たちは働きかけを続け、実際よくなっていくことを見届けたいと思っています。

結愛ちゃんのニュースを聞いて、大人として本当に酷いかもしれないけど、最初はいつもみたいに「心が辛くなるからあまり見過ぎないようにしよう」と思った。

そう、児童虐待のニュースは本当に辛いし傷つくのだ。
何日間かしんどくなって日常に支障が出る。

自分が直接関与してるわけじゃないのに深く傷つくのは何故なんだろう。

まずは被害に遭った子どもがかわいそうでかわいそうでかわいそうで本当に辛い。

それから、自分の子どもに重ねて考えて頭の中で疑似体験してしまう。(子どもがいなかった時は甥や姪、知ってる子ども)

更に、子どもの頃の自分を思い出して、もし自分がそうだったらと思うと震えるほどの恐怖も感じる。

そして最後に何もできなかった自分の無力さに激しく自信をなくす。
何か動いていたら、と想像しても変えられる予感は全くせず、その先は絶望しかなくて更に自信をなくす。

これまでコツコツと積み上げて来た自己肯定感がいとも簡単に崩れ去る。

だから、自分が直接関与していないニュースであんなに傷つくんだと思う。
社会に傷つけられているのだ。
そして自分はその社会の一員なのだ。

これまでたっっっくさんの児童虐待のニュースをやり過ごして来た。
やり過ごせてると思ってたけど実は罪悪感のコップにどんどん溜まっていた。
でも、今回の結愛ちゃんのことで罪悪感のコップの水が溢れでてしまった。もうこの罪悪感を抱えるのは無理だ。

だから今回動くことにした。
褒められた動機じゃない、自分のためでもあるのだから。


1人じゃ何も変わらない未来しか見えなかったから、人を巻き込もうと思った。
たくさんの人が声をあげたらもしかしたらって希望がきちんと見えたから。
そしてたくさんの人が今ものすごく悲しんで傷ついて怒っていることも感じていたから、たくさんの人が声をあげてくれるという希望も見えた。

みんなの意見の集合体が、議員さんを動かすくらいの力があるはずと信じられたのです。

そして
#‪児童虐待問題に取り組まない議員を私は支持しません

というハッシュタグを作りました。
支持しない、という否定的な文言にしたのは議会で取り上げられることを考えて。
支持するというハッシュタグも一緒に走っていて、それも盛り上がってくれたら嬉しい。

昼の時点で合計5万拡散されたようです。
毎日新聞さんが取り上げてくれて
Yahoo!ニュースにもなっています。
まだまだ足りない、50万欲しいです。

小池知事が取り組むと発言しているけれど、まだ根本的な解決案とは到底思えない。
東京都だけの問題でもない。
党を超えて大人がみんなで取り組んで欲しい。

このハッシュタグのさす
児童虐待に取り組むは
焼け石に水の取り組みじゃない
根本的な改革です。

もう救えたはずの子どもが救えないのはやめたい。もうそんなニュース見たくない。

どうかみなさまご協力お願い致します。

おはようございます。
唐突ですが私は29歳で本を出したので、36歳の今、7年目でございます。

この7年はたっくさんの人と話せて、世界がぐんぐんと開いて、個人的にこんな最高な状況はないくらい。文章書きたいとか喋りたいとかが私の大きな欲求だと思ってましたが、おもろい人に話を聞きたいが自分の中で一番大切なんだろうなぁって思います。

そして、この7年で私の考え方は大きく変わる部分がありました。

人に会えば会うほど、いかにこれまでの自分が閉じた状態で物事を判断していたか痛感することがありました。

そして変わっていくにつれ、自分が昔言ったことに「お前それはなくない?」と思うことも出てきました。

まず、
デビュー作、負け美女は私の宝物みたいな本です。
今読んでも1人で笑っちゃうくらい好き。
でも、
負け美女
というネーミングは
人を勝ち負けで分けるのってどうなんだろう?
と思い始めてからずっと悩んでいました。

というか、勝ち負けなんて主観でしかないものを他人がレッテル貼るのって今の私が一番嫌いなことです。

美女は人生イージーモードだと思われがちだけど、美女たちと仲良くなることで、大変だったり理不尽だったりそんなことない人たちがいる。
(イージーモードな部分もあれば人よりハードモードな部分もすっごくある)
美女って話つまらないんでしょ?っておもわれがちだけど、めっぽう面白い人たちがいる。

そんなことを伝えたかったのです。

力不足としか言いようがないのですが、中に出てくる女の子たちのエピソードは今でも大好きです。

高学歴男はなぜモテないのか?
でも

ラインの有料スタンプドヤ顔で使うのは痛い
とか
金属製アクセサリーをジャラジャラつけてる男は痛いとか
妙なこだわりや間違ったオシャレはゲンナリ
とか…

おい、犬山、お前はどの立場で間違ったオシャレとかいってるんだ

人の好みに痛い痛くないと勝手なジャッジすることで、言われた人が傷つくことを想像できなかったんだろうか、自分も言われたら怒ると思う

犬山よ、お前自身有料LINEスタンプ今もう100個以上買ってるぞ

その人が納得してお金を払うことに関係ない私が痛い痛くない口出すのが一番痛いわけで

高学歴男にもモテる人もいればモテない人もいる
(ちなみに当時の私の考えは、高学歴男性はモテると思われがちだけど、勝手に真面目で金を稼いできそうという高いハードルをかせられてしまい、少しでもそうじゃないと減点されてしまうことが多いよね、というもの)

でもこの本にたびたび登場する、権力を持つ人が立場の弱い人に対する理不尽な行動への怒りは今も変わらずです。大切な気持ちとして持ち続けなきゃいけないし、私自身年齢を重ねてそうならないように引き締め続けなきゃいけないです。

更に
悲しきオンナたちの口癖も愛しい本です。
老後みんなで住まない?
とか
ぶりっ子したくてもできない
とか
隙なんかいらねえ!
とか
酒を飲むから彼氏がいないんじゃなくて、彼氏がいないから酒を飲むんだよ
とか
私が男だったらあんたと付き合ったのに
とか

言った、本当に言った。

しかし、こういう女は彼氏ができないという特徴をまとめたページがあります。
文中でその特徴を書きながら「なんで男はこういう女の魅力がわからんのだ」とキレてたりするのですが、彼氏を作るために彼氏ができない特徴を全てやめたとすると、ただの無個性な自分を殺してる人になるわけで。
今の私が書くなら、モテるためにこれはNG(こういうのは呪いになることがある)ではなく、魅力をいかに引き出すかの視点で書くと思います。

ネーミングといえば、もう一つ
求められてもいないのに上から目線で人のファッションにダメ出し口出ししまくることを

おしゃれレイプ
と名付けたことがあります。
でも、レイプという言葉を軽々しく当てはめるものじゃないと思い、ツイッターでその旨を呟いたら
おしゃハラ
という言葉を貰ったので変更しました。

更にメンヘラという言葉を雑に使いカテゴライズしたこともあります。
本当に苦しんで悩んでいる人の気持ちを踏みにじる行為です。謝っても謝っても足りないと思います。

今ざっと見返してこんなにも
おい、お前何言ってたんだ
ということが出てきました。

本当に反省して考えを改めます。
私の発言で傷ついた方、
本当に申し訳ございません。

これから少しずつ成長して、少しでも人が楽になれるような文章を書けるようになりたいと思っています。
今、そんな気持ちで日々文章を書いています。
しかし
正直、これからも間違うことがあると思います。
その際は是非ご指摘お願いします。

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