自分が推し事をしていく上で『今が最後』という言葉はいつも頭の片隅にあります。

急に番組が終わるかもしれない。
自分がやむを得ない事情で二度と現場に足を運べなくなるかもしれない。
推しがやむを得ない事情で二度と活動が出来なくなるかもしれない。

終わりというのは突然やってくることがあります。
何気ない日常が当たり前のように存在しているように感じられるけど、それは決して当たり前のようにずっと続いていくものではない。
自分の日常を支える数多くのものが存在していて、それが一つでも欠けるだけで簡単に日常は崩れていくものだと思います。
当たり前のようなものほど凄く繊細なバランスで成り立っている。

自分は割と体調を崩しやすいタイプで、身内も大きな病気に突然かかったりして日常が大きく変わっていくことが何度としてありました。
当たり前だと思ってたものが急に崩れるところを何回も見てきた身としては、過去よりも未来よりも今という気持ちが強いのが正直なところです。

そして、自分のイメージではありますが自分が今推してる子も決して体は強くありませんを
線の細い推しの姿を見てると、自分が今推しを応援するということは綱渡りのようなもので、ちょっとしたことで途切れてしまうものでは無いかと思ってます。

そんなことを考えていると自分にとっては今という時間が全てであり、そんな瞬間に線香花火のような光を点として刻み込む推しに想いを馳せながら今という時間を重ねたくなるのです。

今、推しのいる世界は正直不安定だと思ってます。
その不安定な世界から推しは抜け出した方が幸せなんじゃ無いかと思ったりもしますが、推しの未来を憂う以上に自分と推しの時間が急に終わることに対しての憂いの方が強かったりします。

これは本当に自己満足で本当の意味で推しのことを考えているとは言い難いかもしれませんが、推しの未来を自分は願っているのではなく、推しの瞬間瞬間が煌めく姿をただただ見ていたいだけなのでは無いかと思ってます。
自分はあくまでファンであってそれで全然問題ないとは思いますが、昔も今も強欲に推しの放つ光を喰らうことに意義を見出してる欲深い生き物だと我ながら思います。


これからも自分はひたすら推しが輝く瞬間に触れて少しでも推しの輝きを目に焼き付けていければと思ってます。
いつ来るかも分からない最後の時まで推しの活躍を楽しみたい。