みんなよく知らないだろうがキジマという男がいる。俺もよく知っているかと言われるとそうではなく、十年来の友達だがキジマについて未知な部分は多い。


2年前、ハンブレッダーズが遠征で仙台に行った時の話だ。仙台は『牛タン』が有名という噂を聞いていた僕らは、到着して機材搬入を終えた後、牛タンの美味しい店をリサーチし始めた。ライブハウスのスタッフさんに聞くと、駅前にある善治郎という店が有名だそうだ。嬉々として善治郎へ向かった僕らは店についた瞬間、目を疑った。

行列。圧倒的行列。店の外から階段まで続くその行列は、善治郎が超人気店であることを物語っていた。僕らは躊躇った。牛タンが有名な仙台といえど、これほどの行列に並べるだろうか?

しかし、僕ら4人の決意は固かった。何を隠そう、仙台に行くのはその日が2度目。初めて仙台に行った時はスケジュールがタイトで、滞在できる時間はライブを含めて3時間ほどしかなく、牛タンを食べるなどもってのほか。断腸の思いで牛タンを諦め、仙台空港で涙味のずんだシェイクを飲んだ過去があった。

『もはやこの期に及んで引き返すことは…出来ないッ!』互いの顔を見合わせ決意を固めた僕らは、列の最後尾に並んだ。1時間ほど並んだろうか。店のガラスに張り出されている牛タン定食の写真を見ては何度もゴクリと生唾を飲んだ僕らは、ついに店内へと通された。

テーブルに着き、無言でメニューを開く。並んだことも相まって、みんな我慢できず鼻息を荒くしている。どうぶつ奇想天外のドキュメンタリーパートでシマウマを見つけた雌ライオンもこんな顔をしていた。「俺決まった」「俺も決まってるよ」「よし」「はい」すぐさま呼び出しボタンを押し、注文を告げる。

「牛タン定食ひとつ」僕は言った。"上タン定食"にも惹かれたが、上タン定食は一食2000円以上もする。悔しいがここは看板メニューの牛タン定食を頼むのが吉だ。ラーメン屋でもカレー屋でもなんでも、初めて行った店ではオーソドックスなメニューが正義なのだ。「同じので」でらしが声をかぶせる。

「上タン定食、肉盛りでひとつ」何!?上タンの、さらに肉盛りだと!?怖いもの知らずか!?その声の主を探すと、隣に座っている吉野だった。吉野は昔から食事に対する探究心やこだわりが強く、そもそも『牛タンを食べよう』と言い出したのも吉野だった。なるほど、吉野なら無理はない。しかし昼ごはんに3000円弱も出すとなるとさすがにビビっているのか、その声は震えているように聞こえた。

「あ、坦々麺ひとつ」

ん?聞き間違いか?タンタンメン?坦々麺と言ったのか?「はい、坦々麺ひとつ」店員さんが反復する。いやいや待て待て繰り返すな。落ち着こう。俺たちは仙台にいて、牛タンを食べようという思惑から善治郎に来た。一時間も待った上で、坦々麺という解があり得るのか?店員さんが去った後、全員でキジマを問い正す。

「好きやねん、坦々麺」いや好きだとしてもお前…「刻み牛タン入ってるし」刻み牛タン…?俺の右隣には3000円出して刻まれていない牛タンを頼んでいるヤツもいるのに…?わからない…こいつのことがどんどんわからなくなっていく…。

キジマは美味そうに坦々麺を食べていた。750円の坦々麺で、キジマは大満足している。吉野は吉野で3000円の牛タンを食べて微笑み、「うわ〜、牛とディープキスしてるみたい」と最低の感想を述べていた。二度と食レポするな。幸せはお金で買えないんだな〜と教訓じみたものを得られた昼食だった。


このようにキジマは食に関するこだわりがない。これが好き!という強い嗜好もなければ、朝・昼・晩、という概念もない。ちょうど先週仙台に前ノリした時、「永田さんとメシ行くけど、一緒にメシいく?」と聞くと「いや、適当に歩いて目に留まった店で、好きなだけ食べたい」という謎の理由で断られ、ホテルに戻るとコンビニ食をしているキジマを見た。

必要な時に必要な分の食事を摂取する。彼にとって食事は楽しみではなく、栄養補給なのだ。変わったやつだな〜と思うけれどそんなの自由だと言われれば自由だし、絶対にブレないキジマは面白いし、そういうところもなんだかんだ好きだ。最近は寿司が好きということが判明してかなり盛り上がったのだが、長くなってしまったのでこれはまた別の機会に。