僕らみたいな下っ端バンドのレコーディングにも、ディレクターという仕事の人が携わってくれる。曲の構成から録音に至るまで協力してもらい、一緒に作品を作ってゆく人だ。

今作には初めて、秦さんという女性が携わってくれている。秦さんは3歳の息子の母親で、育児と仕事を同時にこなすスーパーママさんだ。彼女は元々バンドマンという遍歴からか、僕らに対する気遣いがぬかりない。そしてグレムリンのTシャツ(可愛らしい外見のギズモではなく、水をかぶって凶暴化したグレムリン)をよく着ている。

レコーディングが始まった8月初頭、秦さんとこんな会話をした。「いまからコンビニ行ってくるけど、ムツ君は好きな食べ物ある?」僕は頭の中で瞬時に色々なものを思い浮かべた。ラーメン、カレー、シチューなんかが特に好きだが、レコーディング中は食べられるタイミングも限られてくる。冷めきったラーメン、冷めきったカレー、冷めきったシチューを口に入れる自分を想像して苦い気持ちになる。冷めても美味しい好物は何かないかと考えた時に、おかかむすびが好きな事を思い出した。「おかかむすび…ですかね」「わかった!」秦さんは明朗快活な返事をくれて、すぐさまコンビニでおむすびを4つ買ってきてくれた。その中におかかむすびが含まれていて、僕は迷わずソレを手にして頬張った。美味しい。おかかむすびはいつだって美味しいのだ。

翌日、昼12時にレコーディングスタジオに向かうと、ブースに昼食としてコンビニ袋が置いてある。ひとつひとつ中身を確認すると、ちゃんとおかかむすびが買ってある。(ありがたいな〜、昨日食べたけど)なんて思いつつ、その日はなんとなく隣のツナマヨネーズを手に取った。ツナマヨネーズもおかかに並ぶくらい好きだし、おかかを食べたいメンバーが僕の他にも居るんじゃないか?と思ったのだ。サクサクとレコーディングは進み、あっという間に夜22時に。ブースに残ったおにぎりを確認すると、誰にも手に取ってもらえずにいるおかかむすびが、しょんぼりと佇んでいた。可哀想に…俺が食べてやるからな。うん、食べたら食べたでちゃんと美味しい。おかかむすびはいつだって美味しいんだ。昨日ほどの感動はないけれど。

翌日、12時にまたスタジオに行く。ブースにはおにぎりが兵隊のように整然と列をなして並んでいて、僕は恐る恐るその味を確認する。…ある。あるのだ。おかか味がある。2度見してしまった。これは由々しき問題だ。あれほど好きだったおかかむすびに対して、今は食指が反応しない。秦さんは良かれと思って用意してくれているし、僕が好きだと言ったのがそもそもの発端だ。強く言いづらいところはあるが、今日こそは言おう。その日の作業が終わってもやはりおかかむすびはテーブルに存在していて、僕は秦さんに告げた。「おかか好きなんですけど、あの、こんな毎日じゃなくても〜(笑)」よし、出来るだけ明るく言えたぞ。秦さんは「いやいや、遠慮しなくていいよ!持って帰りなよ!」と答えてくれる。断じて、断じて遠慮ではない。この気持ちは遠慮ではないんだ。しかしそう言われると何も言えず「…明日の朝ごはんにしようかな〜」とカバンにおかかむすびを運んでいる自分がいた。

翌日、起き抜けに昨日のおかかむすびをこの上なく事務的に食べてからスタジオに向かうと、コンビニへ行こうとする秦さんとバッタリ出くわした。しめた!これはチャンスだ!コンビニまで一緒に行って、その場でおかかむすびを買う所を阻止すれば、僕は今日おかかを口に含まずに済む!僕は秦さんに同行してコンビニへ向かうことにした。

「遠慮せずなんでも取ってね〜」と言ってくれる秦さん。店内を徘徊し、おにぎりコーナーの前で足を止める。ここが勝負所だ。案の定おかかおむすびに手を伸ばす秦さんの手を、僕はゴール前を守るバスケットボール選手のような速さで静止する。「今日は大丈夫ですよ!焼きそばにします」「わかったわかった〜」よし!やった!これで今日はおかかむすびを食べずに済むんだ!僕の勝ちだ!かつて付き合っていた恋人のように、いざもう会わなくなると寂しいといったような顔をするおかかむすびのパッケージに、名残惜しくも踵を返した。

それから各自、お菓子や飲み物を選んでカゴに放り込み、会計をしてスタジオへ。買ってきたものをブースのテーブルに並べる秦さん。僕は念願の焼きそばを食べつつ、その並びに目をやった。

ある。あるのだ。その場にあってはいけないはずの、おかかむすびが。僕は自分の目を疑った。しかしある。圧倒的な存在感を放ちながらおかかむすびが鎮座しているのだ。毎日こいつと会わなきゃいけない平行世界に来てしまったのだろうか?呆然とする僕におかかむすびは「きちゃった…///」と頬を赤らめているような気がした。秦さんは僕の目を盗んで、カゴにおかかむすびを放り込んでいたのだ。なんと抜け目ない…。

かくして僕はおかかむすびを、レコーディング中ずっと食べることになった。ちなみにプリングルスのサワークリームオニオン味、アーモンドチョコレートも毎日ブースに新品が置かれていた。舌が味を覚えている。一生分食べたので。

ちなみに秦さんはレコーディングに関しては超スゴ腕で、音源に関してはかなり最高のモノが録れています。安心して待っていてください。